Interview

 
 
Place: New York

デヴィッド・ゲルブ初監督作『二郎は鮨の夢を見る』

David Gelb, 小野二郎
アートカテゴリ:  Film

東京は銀座にある、カウンターに10席ほどしかない鮨屋・すきやばし次郎。そこのオーナー・小野二郎さんは、ミシュランの3つ星シェフを最年長で獲得し、今も鮨を握り続ける。第10回トライベッカ映画祭でひと際注目を集めた『二郎は鮨の夢を見る(原題:Jiro Dreams of Sushi)』は、その小野さんに迫ったドキュメンタリー映画だ。若干26歳(取材当時)の映画監督デヴィッド・ゲルブは、本作で85歳というベテラン鮨職人の職人哲学と人生観を見出す。

 

チャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲で幕を開ける映画『二郎は鮨の夢を見る』。フィリップ・グラスやマックス・リッチャーの音楽が用いられ、音楽を紡ぐような小野さんの仕事ぶりを表現している。また、それらの音楽が鮨をまるで宝石のように見えるような効果を生んでいるのが印象的だ。究極の鮨には”旨味”が宿る。そしてその旨味を生み出すためには究極の素材が必要だ。最上級の鮨を客に食べさせたいという小野さんの気持ちから、すきやばし次郎での食事は3万円から。小野さんが優れた鮨職人であり続けられる理由は、極上の素材を彼に届ける人々、極上の腕を持つ見習いたちに支えているからこそ。ゲルブは小野さんの彼らとの繋がりが、彼が素晴らしいオーケストラのように人々に愛され、3つ星シェフであり続けられると映画を通して語る。

 

映画の中で、料理評論家・山本益博さんは小野さんは毎日同じことを繰り返しながら、常に改善することを怠らないと言う。明日は今日よりも良くありたい、と常に頭に入れているのだ。今もきっと明日のことを彼は考えているに違いない。様々なことがもの凄い早さで動いている現代社会では、どうしても「今」に焦点が当てられる。しかし、小野さんのように未来を明るく見据えること、そして努力を重ねることは人生をより洗練されたものへと変えてくれるに違いない。若き才能デヴィッド・ゲルブの初監督作品は、己の仕事に惚れ込み、70年間ひたすら鮨に人生を捧げ続けた小野さんの物語を通し、これからの社会を担う若い世代に大きなメッセージを投げかける。

 

COOLは第10回トライベッカ映画祭のため、ニューヨークを訪れた監督デヴィッド・ゲルブにインタビューを行った。

どうしてすきやばし次郎のドキュメンタリー映画を撮ろうと?

まず今まで観たことない鮨を美しく描くものを作りたいと思ったんだ。そこで鮨職人を探しているときに、小野二郎さんとすきやばし次郎が中心となるプロジェクトがやりたいと気付いた。料理評論家・山本益博さんと一緒に小野さんに会ったときに、小野さん自身、そして彼の家族にとても興味を持ったんだ。それから彼の作る鮨は信じられないくらい美味しかったから、小野さんを描く映画を作るのに素晴らしい機会だと思ったんだ。

 

鮨についての体験や思いはありますか?

小さい頃、僕の父ピーターは当時小沢征爾さんが指揮者をしていたボストン交響楽団で働いていて、日本へは父と一緒に初めて行ったよ。その後、父はSONYで働き始めたため、日本には何度も訪れた。両親は僕の大好物だった河童巻きをよく食べさせてくれてね、僕はいつも河童巻きをもっと食べたいとせがんでたよ。鮨の好きなところは酢飯と醤油の味だったかな。時々胡麻をかけたりもしてたよ。鮨の好きなところは今も変わってない。今は河童巻以外も食べるけどね。もう本当に小さい頃から鮨が大好きなんだ。

 

記憶に残っている幼い頃の日本での体験は?

両親はおもちゃ屋に連れてってくれて、パワーレンジャーのフィギュアなんかを買ってくれたよ。ロボットが大好きだったんだ。

 

日本へは何度くらい行ったことがありますか?

12回は行っているかな。大好きな国さ。子供の頃は日本のおもちゃやアニメ、食べ物、文化、歴史いろんなこと興味があったんだ。幼いながらも「オタク」だったのかもしれないな。侍や将軍、忍者も大好きだったよ。

 

日本には撮影にどのくらい滞在されたのですか?

2010年の2月に一ヶ月間撮影をやったよ。その後またアメリカに戻り、撮った分を編集して、他に何が映画に必要なのか判断し、次は蒸し暑い8月に日本行ったよ。だから撮影は一番寒い時期と暑い時期に行ったんだ。

 

どうやって映画に出演してくれるよう小野さんを説得されたのでしょうか?

山本益博さんに紹介してもらったんだ。父と関わりのあった方を通して山本さんとは知り合った。山本さんが二郎さんに僕の映画のことを話してくれて説得してくれたんだよ。

 

非常に美しい物語に仕上がってますよね。特に物語の締めくくり方が素晴らしかったです。撮影中からどういう物語になるのか考えていましたか?

あったけれど、明確ではなかった。小野さんが完璧主義者で鮨職人であるということを描きたいというアイデアはあったんだけど、父と息子の関係も描きたかったんだ。小野さんは85歳(当時)で、今も息子さんと鮨屋で働き続けている。そういった家族関係がとても面白いと感じていたからね。撮影が進むにつれ、彼ら家族についての発見があり、映画を編集しているときに物語は形を成していったよ。

 

料理評論家の山本さんは小野さんの鮨コースの流れを音楽と比較していますね。映画に使われているクラシックやオーケストラの音楽についてお話しして頂けますか?

小野さんの哲学を支えるような音楽を使いたかったんだ。彼は毎日同じことを繰り返しながら、改善出来る点を探して、もっと上の段階へと上がろうとしている。だからそれを反映する現代オーケストラの音楽を使った。フィリップ・グラスの音楽は連続的で、テーマに沿っている。でもキーとなる要素は常に変化し続け変わり続ける。だからフィリップ・グラスやマックス・リッチャーの音楽で、二郎さんと彼の息子・禎一さんの仕事上の価値観や感情をサポートしたんだ。

 

映画を観る数日前に、わたしはチャイコフスキーのバイオリン・コンチェルトを聞いていたんですが、映画はその音楽で始まりますね。だから映画が始まった途端とても驚きました。

僕らが使ったバイオリン・ソロのレコーディングは、実は僕の大曾祖父ヤッシャ・ハイフェッツのものなんだ。血の繋がりのある人の音楽を使えるなんて運命的だよね。チャイコフスキーのバイオリン・コンチェルトはとても壮大で、大好きだよ。

 

山本さんは映画の中で「シンプルを極めるとピュアになる」と言いますね。あなたにとっての「ピュア」とは?

小野さんは鮨を食べるときに、最高の満足感を得られることが出来る味を生み出そうとしていると思うんです。鮨に関して言えば、ピュアは極上の魚を食しているときに得られます。そして彼はそういった魚を使い、一口で完璧なまでのバランスを生み出す最高の素材を得ている。米は完璧に魚を引き立てているし、魚は米を引き立てる。そして食べる側は満足感とそれを食す楽しみが得られる。旨味こそ彼らの目指すところで、ピュアなんじゃないかな。

 

小野さんから学んだ一番記憶に残っていることとは?

それはきっと常に前を見て、その先をも見続けること。また、常に自分自身をじっくり観察し、満足せずにいつも努力に努力を重ねること。僕は自分の映画を見ると、いつも改善したい点が見つかるんだよ。そういった、改善したいとか、より素晴らしいものを作りたいという願望は小野さんの哲学の中でも極めて興味深いと感じたよ。

 

この映画が伝える、質、献身さ、技術、そして努力は、それらが無くなりかけている今日の世の中で非常に価値があると考えます。この作品は学校などでも上映すべき作品でしょう。職人の将来を今日の若い世代にはどう見ていますか?

非常に難しい状況にあることは確かだよ。なぜなら若者は結果をすぐに欲しいからね。世の中は非常に早いスピードで動いているし、なかなか忍耐強い人もいないよ。過去には、もし学びたいことがあれば、人は図書館に行って研究しただろう。でも今はインターネットで何でも探せる。みんなすぐに満足感を得たいんだ。映画のためにインタビューした多くの日本人は、彼らが学んだやり方で技術を学ぼうとする、忍耐と献身さの身に付いた若者はそういないと言っていたよ。でも同時に、みんな美味しい鮨を食べたいし、最高のものを食べたいと思っているんだ。だから常に職人が育つ場所はあると思うんだ。君と同じ意見だよ、この映画は是非学校で見せたいね。若者は努力が価値のあるものだということを教えられるべきだと思うからね。お金のことを言っているんじゃない、満足出来る仕事をすることが大事なんだ。この映画と小野さんはそういうメッセージを広げてくれることを願っているよ。

 

今に比べ、小野さん世代の人のほとんどは貧しい環境にありました。だからこそハングリー精神が培われ、明るい未来を見据える目や、「明日はきっとうまくいく」というような向上心もあったと思います。そこで質問ですが、小野さんの息子さんたちにはどのようなものを感じましたか?

息子さんは2人ともお父さん同様、家族のために良い生活を作り上げたいと思っているよ。小野さんの両親は彼をまったく世話しなかったから、彼は自分の子供にはそれとは違う生活を与えたいと思っていたんだ。だから息子さんたちはとても幸せなはずだよ。彼らには現状に不満を感じ、何か違うことをやりたい時期ももちろんあったと思う。でも大人になるにつれ、父親がやってきたことを理解したと思うよ。父の作る鮨をも超えることが可能な素晴らしい道しるべになってくれたってね。彼ら家族はみんなとても前向きだよ。

 

映画は、小野さんの職人魂が、彼と米屋や築地でマグロを売る人など、他の職人たちとを結んだと言っていましたね。

小野さんと息子の禎一さんは他の職人たちと素晴らしい関係を築いているよ。ある1つのことのために完璧を追求することは、僕が好きな日本人の特徴の1つでもあるんだ。築地でを売る藤田さんは、マグロに関して並外れた知識がある。彼の場合、マグロだけにこだわりがあって、その知識は二郎さんや禎一さんのものとは比べ物にならない。鮨職人は様々な要素を繋ぎ合わせて完璧なバランスを作り上げないといけないんだ。鮨職人には、完璧なバランスを見つける能力、また彼らが欲しい素材を探し出す能力に卓越した人たちのことでもあるんだ。また最高の素材を見つけて来る人たちを信じることも大切さ。互いに信用することこそが素晴らしい鮨を作ると言っても過言ではないよ。熟練した職人にはネットワークみたいなものがあるんだ。羨ましいよね。映画作りもそれに少し似ていて、カメラワークに長けたカメラマン、音響のスペシャリストなど、それぞれの分野で秀でた才能のある人と作品作りをして、1人では決して成し得ない大きなものを作るんだ。

 

鮨屋を営むということはどこか映画を作ることに似ています。鮨屋には「顔」というものがありますね。映画ではそれは監督に当たるでしょう。また、この映画は素晴らしいものは、常に顔を囲む才能のある人たちによって支えられていることも教えてくれます。あなたのチームをどのように評価しますか?

この映画はとても小さなチームで作ったんだ。主要の制作パートナーは編集を担当したブランドン・ドリスコル=ルットリンガー。ブランドンとは大学時代にルームメイトだったんだ。それから僕らは長い間一緒にいろんなプロジェクトをやってきた。だから僕らは強い信頼関係を築いているよ。彼は才能があって、いつも僕にインスピレーションを与えてくれる。映画では、例えばある分野で最高の仕事を追求するような「職人」的な人と仕事をするんだ。僕はそういう努力家たちと一緒に仕事が出来て幸運だったよ。それがプロジェクト自体を評価する。僕らは互いに良い刺激を与えているよ。なぜなら僕だけでは映画をある程度のレベルまでしか持って行けない。でもブランドンが映画をそこからまた先へと繋げてくれるんだ。そしてそれを見て僕は改善出来る箇所を探す。その後で、プロデューサーが人の目に触れられるものへと作品を作り上げてくれるんだ。僕たちは良いチームだったよ。

 

撮影はスムーズ行きましたか?

すきやばし次郎ではみんな快く歓迎してくれたよ。でも彼らの仕事の邪魔にならないように十分に気を付けたよ。彼らが普段どのように仕事をしているのか分からなくて、最初の数日はちょっと苦労したんだけどね。でも彼らが仕事中どう動いているのか把握出来てからは、彼らの前に常にいるようにしたよ。本当に邪魔する気はなかったんだ、邪魔してたら悪かったな(笑)

 

製作費はどうやって集めたのですか?

まず企画を始めるために家族の力を借りたよ。その後プロデューサーのトム・ペレグリーニ、マット・ウィーヴァー、それからケヴィン・イワシナが映画を完成させるための資金を集めてくれたんだ。

 

トライベッカ映画祭ではとても人気がありましたね。

ありがとう。アメリカではマグノリア・ピクチャーズが配給権を買ってくれたんだ。これはドキュメンタリー映画なんだよ。異例だよ。世間の反応には驚いているよ。そして見てくれた人が映画を気に入ってくれたことを誇りに思うよ。本当に嬉しいよ。

 

 

文:岡本太陽

『二郎は鮨の夢を見る』2013年2月2日待望の日本公開!