Interview

 
 

横尾 忠則

Tadanori Yokoo
アートカテゴリ:  Painting


身動きがとれないほどの人混みのなか、Friedman Benda Galleryで行われた個展のオープニング会場に横尾忠則はいた。


今年で72歳を迎えたとは思えない、エネルギッシュでユーモア溢れる人柄と、常に進化を続けるその作風は、いつも多くの人々を惹きつけてやまない。画家・横尾忠則が、本音で語りつくし終始笑いの絶えなかったロングインタビュー。




今回はニューヨークでの個展ですが、このFriedman Benda Galleryで開催することになったきっかけは?

知りません(笑)ギャラリー側から誘いがあって、面白そうだったから話に乗ったようなもんです。それでキュレーターのエリックを紹介されたのですが、初めて会ったときから「こいつは探偵かいな?」と思うくらい、僕以上に僕のことを知り尽くしていて気持ち悪かったですよ(笑)


エリックは日本の現代アートのエキスパートですからね。日本の美術関係者以上に日本のアートを研究し、海外に紹介してくれています。

そういう人が存在するというのは非常に重要ですよね。日本という島国根性的なものがある所では、アーティストが海外に出ようとするときに多くの問題が生じるからね。


オープニングは想像以上の大成功でしたね。

もう、ものすごい数の人がいて何がなんだかわかんないくらい(笑)ほんの少し先に知り合いがいても声も掛けられない。全く身動きできないくらいだったね。とにかくすごかった。



ひとり歩きする作品たち


ジャパンソサエテイーでの講演会、リラックスした雰囲気でとても楽しかったです。
以前ドイツで講演会をされたときには、司会者と喧嘩してそのまま帰ってしまったことがあると聞いたのですが…

今回の講演会は確かにとてもカジュアルな雰囲気があったね。司会はエリックがしたし、通訳は古い友人のリンダ・ホークランドが担当したから。リンダは僕の本とかも翻訳してくれているしね。僕は英語がさっぱりだから、彼らが何を言っているのかはわからなかったけど。


以前ドイツで起こった騒動の原因というのは、通訳の人が僕のコメントのなかに、公の場で発言するに適さない言葉があるから違う言葉に変えろって僕に指示したんだよ。そんなことじゃあ僕の真意は伝わらないから嫌だって言っても、向こうも引かないで、日本語でケンカ始めちゃって、ものの5分もしないうちに舞台から降りちゃったわけよ。わざわざその講演会のためにドイツまで行ったのにさ(笑)リンダは日本語の微妙なニュアンスもちゃんと伝えてくれるので安心できるから、今回のようなリラックスした講演会になったかもね。


講演会の終わりに一般の方から「横尾さんの本『芸術は恋愛だ』を読んで非常に影響を受けた。今でもバイブルのように大事にしている」と説明された後に、その本の内容ついて質問されていました。それについての横尾さんの返答がとても印象的でした。

僕はね、作品を発表した時点でその後はもう責任は取らないんですよ(笑)よく作品は分身だとかいう作家が多いけど僕はそうじゃない。作品は発表したときからもう勝手にひとり歩きをしていくものだと思っているから。


制作した時点で僕が意図したものとは全く別に作品自身が勝手にメッセージを放つ場合もあるし、見る人の側からの個人的な観点や思想から作品を見るのだと思う。それに対しての意味付けや、説明しろとかどうのこうのと求められてもそれはしない。本にしろ、絵にしろ、作品は完成した時点から僕の手を離れて違う運命をたどっていく。そういうもんなんです。だから、書いた当時はそうだったかもしれないけど、出版された段階で僕は違うところにいってるから、昔書いた本の内容についてどうのこうの説明を求められてもそれはできないんだよね。



生き続ける「少年性」と「Y字路」シリーズ


横尾さんの作品はバラエティに富んでいますよね。一見するとバラバラでいろんなタイプの作品があるように見えますが、その中に一貫して共通する「遊び心」が見え隠れするように思います。やはり横尾さん自身楽しんで絵を描かれているのでしょうか。

そうね。やっぱり僕自身が悩んだり苦しんだり迷ったりして作った作品というのは見る側にも同じような影響を与えると思うんですよね。その悩みや苦しみ、怒りの気持ちみたいなのが作品に反映すると見る人もしんどいと思いますね。僕のなかでそういったネガテイブな部分が消化されている場合だと確かに楽しんで制作してますね。それと僕のなかに野心とか欲望とか、高い評価を得たい、高く売りたいとか、美術館に入ればいいとか、そんなことは心にないからさ。


僕の作品を見て、見る側が解放された気持ちや楽しい気持ちを感じ取っているとしたら、それは僕が作品を制作するときにそういったネガテイブな感情を一切持たずに筆を持っているからでしょう。それともうひとつね、僕が少年であったときの気持ち、少年というものを0歳から19歳までとして、その約20年間にいろんなもの見聞きするわけですよね、そういった少年の目でものを観察する、少年の視線でものを見る、その少年性というものが、自分のなかでまだ生きているか生きてないかによって全く違うと思うんですよね。僕はそれをまだ後生大事にしているわけですよ。それが「遊び心」みたいなかたちで現れるのではないでしょうかね。


2000年から始まった「Y字路」シリーズですが、様々な違うタイプの作品を制作しているなかで、「Y字路」だけはずっとシリーズで続けている理由というのはなぜでしょうか?

もうそんなに経ってるの?へえ〜。講演会でも言ったと思うけど「Y字路」を描くのって命がけなんだよね(笑)車のこない隙を狙って写真撮ったり、スケッチしたりするからね。大変なんだよ(笑)


「Y字路」はシリーズだけど、そのなかにもいろんなバラエティがある。最近またいろんな要素が入り始めているんだよ。今回ニューヨークには持って来られなかったけど、世田谷美術館とか兵庫県立美術館で発表したもっと面白い作品もあるんだ。そういうのも持ってきたかったんだけど、もう既にコレクターの手に渡ってしまっていたから。今回はギャラリーでの個展だからね。美術館でするときにはあちこちに散らばったものを集めて展示できるんだけど。




Persective of Waterfalls Installation Tadanori Yokoo, 2008 Photo Credit: Patrick McMullan




日本で行われた『森羅万象』展みたいな展覧会がNYの美術館でやれたらいいですね。

面白いとは思うけど、僕は自分から自分を売り出したりするのは嫌いだからね。そういうのはアーティストの仕事じゃない。アーティストはやはり作品をつくることに専念すべきで、ビジネスとは関わるべきでないと思うんだ。 展覧会するのはもちろん嬉しいですよ。でも誰かがオーガナイズして話を持ってきてくれて、例えば、エリックみたいな人が気づいてくれて、こういうことをしようとか、何か面白そうな計画を立てて誘ってくれるならもちろん興味は持つし、あとはタイミングなんだなと思うけどね。


だけど、そのために何か政治的な動きをしたりどうのこうのなんてのは全く興味がないし、それは僕の仕事じゃない。そんなことやったり考えている間も僕はキャンバスに向かって対話していたいしね。 まあ僕が死んだ後とかだったら、もう誰かが勝手にするしかないんだけど(笑)




海外のアートシーンで日本のアートが成長しないわけ


以前エリックと「中国や韓国のアートシーンの勢いとか人気に比べると、日本のアートにいまいち元気がないのはなぜだろうか」という話をしたことがあるのですが、横尾さんの視点から世界的レベルでの日本のアートをどうみますか?

それはたぶん韓国とか中国の、力のあるキュレーターとかが巧く話をまとめてNYの美術界に持っていったからだと思う。はっきり言って中国も韓国も作品自体はそんなに面白くないんです。


そこなんですよね。多くの日本人作家がかなり面白い作品をつくっているにもかかわらず、ほんの一部の作家を除いて知名度や人気から判断するという悲しい現状があります。日本の美術界が海外、特にNYのアートシーンで成長するような素地はどうして培えないのでしょう?

日本の美術界は、作家を育てたり、世界で動くとかはあんまりっていうかほとんど考えてないでしょう。そんなことよりも自分達の立場や毎日の生活を心配していると思う。そんなややこやしい面倒くさいことはしたくない、できるだけ避けたいと思っているんじゃないかな?誰かものすごい情熱的な人がいればとっくにやっていると思うよ。何かをするときには情熱を持って接しなければ相手には何も伝わらないからね。


日本のアートの勢いを世界的なレベルに押し上げるには、日本内プラス現地、双方からの情熱が必要となりますよね。

情熱がないと相手が感動しなかったり話に乗ってこないってところがあるよね?話は良い話でもシリアスに捉えすぎて、「お願いします。お願いします」と、単に喋りまくって、頭下げて、はい終わりじゃあないんですよね。その相手の情熱や人間的魅力で大事が動くってことありますよね。残念ながらそういうタイプの人間が日本の美術関係者にはいないですよ。まあ、全くゼロっていうことはないですけど。ほとんど向こう側(海外)からピックアップして日本に帰ってくるってかんじですよね。こちら側(日本)からというのはないよね。


僕の場合なんか、このあいだのカルティエでも、その前のパリやベネチア・ビエンナーレのときにしても、日本のコミッショナーは僕を推薦してくれてないんですよ。全部向こうのコミッショナーが推薦してくれて出品となったわけです。ところが日本のコミッショナーに言わせると「君は向こうの(アメリカのコミッショナーの)推薦によって出品したんだから、日本が選んだ作家じゃないから知らんよ」という具合なんですよね。本来は日本側がする仕事を頭の上を通り越してアメリカ側がしたのだから、我々は面倒を見ないしお金も出さないという。


僕のような年代は日本からビエンナーレに出品する際に選ばれないよね。 若い世代のコミッショナーは若い人の作品を出そうとか、自分と同世代の作家しか出さないような風潮がみられる。でもヨーローッパなんかを見てると20代の人もいれば90代の人もいる。日本はね、ものすごく狭い人脈で成っているんですよ。大局的に「自分」という意識を消してちゃんとニュートラルにものを見ることができる人が非常に少ない。


それは非常に残念ですよね。

う〜ん、まあそれは日本人の根性がそういう根性だから(笑)


閉鎖的ということなのでしょうか?

閉鎖的というんじゃないんですよね…もちろん閉鎖的なところもあるんだけども…東京に僕の作品を扱ってくれているギャラリーがあるんだけど、カルティエで大きな展覧会やったときも、マスコミは大々的に報道してくれたけど肝心のギャラリーが動かないんだよね。そこ止まりなんだよ。展覧会と報道だけで終わっちゃうんだよ。そういう積極性が無いというかな。あったとしても、例えばカタログなんかを持っていったとしても、作品がいろんな方向へいっていると避けられるよね。「いろんなことをしているけど、どれが本当なの?」とか言われるとさ、言われたとたんにひいちゃうんですよ。それでその人は慎重になっちゃうよね。


今回のマーク・ベンダ(Friedman Benda Galleryオーナー)はさ、僕がいろんなことをする、いろんなことにチャレンジするのが僕のパーソナリテイーだから、それを見せようじゃないかと言う。でもスペースの関係であれだけの作品しか見せられなかった。もっと広いスペースだったら僕の全てを見せることができたけどね。「あの作家といえば、これ」というように、ひとつのスタイルが浮かぶと宣伝しやすいわけですが、僕みたいにいろんなことをすると「誰がどの作品」ということはないわけです。僕はもうそういう時代は終わったと思っています。ひとりの作家が1種類やったって100種類やったっていいじゃないですか。人間が本来持っている興味の対象っていうものは複数持っているはずでよ。朝はトースト食べて、昼はラーメン食べて、夜はお寿司食べて…でも次の日の朝はお粥を食べて、昼はうどん、夜はステーキにするとかして、年中朝から晩までトーストだけ食べている人なんていないわけですよ。


だからそういうことを考えると、もっとこう自分の内の自由性というものを考えると、ありとあらゆる興味や関心を持ったり受け入れたりできるじゃないですか。それがそのままアートのかたちになってくれればいいなと僕は思っているわけです。だけど、なにもそれで世の中に売り出してアメリカで成功する云々が僕の人生じゃあないんですから。そうじゃなくて、毎日生きている生活の中で普通にやっていることに充実を感じるというのが僕の人生です。


成功して多くの美術館に飾られているのが僕の最終的な悟りじゃあないんですよ。なかには、いろいろ喋って社会的評価を受けることが、あたかも悟ったかのように勘違いする人もいっぱいいるからね。僕の人生はそういうことで犠牲を払いたくないんです。


では横尾さんにとって絵を描く、制作するということは人生そのものだと?

そうですね。でも極端な話、発表しなくてもいいんですよ。描いている時間が充実していればいいんですよ。描き終わった絵をギャラリーの人が来てですよ、展覧会をしようが売ってもいいし、それはその人の好きなようにすればいい。だから僕は絵を描き終わった時点で切り離しているし、責任も取らないとはそういうことでもあるのです。


では、もしそれができなくなったとしたらどうしますか?

さて、何をしますかね…う〜ん…今からどこかの暴力団に入ってどうのっていうのもできないし、コソ泥して飯を食うこともできないし、他の才能なんて何もないから…どうしようか?(笑)




横尾さん、NY好きですよね。初めて来た時にすごく興奮して、結局滞在期間が大幅に延長となり、奥様が心配して迎えに来たという話があるくらいですから。多くの日本人アーテイスト達がNYに魅かれて移り住んでも、横尾さんはなぜNYに移住せず日本を活動の拠点としているのですか?

まあね、さっきの問題と関係するんだけど、ひとつひとつの問題に説明を求められたり、意味を求められたり、それの動機を言語化しなくちゃいけない、思想化しなくちゃいけない…それは僕の体質に合っていないわけですよ。なんでこんなことをするのと聞かれれば、説明することはできます。でもその説明が本当の説明かどうかはわからない。でもそれは社会の中でコミニュケーションしていく場合の意味付けで、僕の本性はそんなことじゃあない。ただそれが好きだった、ただそれが嫌いだった、そういうところからきているような気がするんですね。


アメリカは合理社会といわれるけど、僕の考える合理社会というのはもっと意志の摂理に従った動き、それこそが合理社会だと思っているんです。宇宙のシステムがあるじゃないですか?この社会は人間が作ったシステム、人間のエゴが作ったシステムといってもいいかもしれない。物質至上主義、経済至上主義てな感じでね。日本でもそうだけど、選挙をやっても、自分達の生活のことしか考えていないから、経済生活を豊かにしてくれる政党に票を入れたいわけですよ。経済生活が豊かになってもその中に蔓延っている揉めごとは、じゃあ解決するのかっていったら、しないわけですよ。お金以外で解決しない問題ってたくさんあるじゃないですか。まあその中に芸術もあるわけですが…あまりにも物質的に物事を見ている。もちろん全ての人がそうではないけど。ここ(NY)なんかすごいじゃない?どこどこのギャラリーで展覧会をしたい、その為にはこうやってこうするとかさ。


NYに来る飛行機のなかでアンデイ・ウォーホルの自伝を読んできたんだけど、まあとにかく世の中に出たい、評価されたい、認められたい、なんとかしたい、全編それですよ。有名になるため、お金お金お金ってね、有名になっても更に有名になりたい、全編それ。


あれほど有名になってでもですか?

有名になって、お金も手に入れて、一般の人から偉い人ねと尊敬されていたかもしれないけど、じゃあ彼の内面はどうだったかというと決して穏やかじゃない。毎日パーテイー行ってないと気がすまない。1人でいるときはないんですよ、寝ているとき以外。誰かがいつも側にいなければいけない、あるいは誰かと電話していなければいけない。1人になるのが怖い、ものすごく怖い。


僕の考えてる幸せっていうのは、1人で「ぼやーっ」としていても、自分の中の想像的世界でいろんなことを空想してたりするほうが豊かだし、ガツガツしないの。誰かと知り合っても、その人が自分にとって利害関係があるかどうか、利害関係があるから付き合おう、ないから付き合わないなんて、そういう世界でしょ?ウォーホルの自伝読むと「これぞまさにアメリカ」って感じがするわけ。


では日本のほうがより自分らしく活動していけるということですか?

僕はね。あとは日本の風土ね、四季があるでしょ?それが好きなんだ。最近はだいぶ日本の社会もアメリカナイズされてきて変わってきているけど、アメリカほどの契約社会じゃないのもいい。ニューヨークにいたら毎日蟻を観察するなんてこともないしね(笑)

蟻見ていたら、蟻を使って絵を描けっていわれるように、全部仕事に結びつけられちゃうでしょ?無駄なことを全然しなくなるじゃないですか。


でも日本にいると無駄なことができるんですよ。それと「考えない」ということができる。アメリカは好きですよ。好きですけど、ここに住むと僕自身がその人間に変わっていく、変えさせられてしまう、欲望と選択だけに振り回されていく人間になっていく可能性があるように思うんですよ。


だって、なんでここに住みたいかっていうと、最終目的が「成功したい」というゴールがあるわけじゃないですか、でも(僕には)そんな行為は必要ないわけですよ。もしも「あなたを成功させてあげますよ」という人が出てきたら、(そのときは)「はい、そうですか、じゃお願いします」と、この程度でいいんですよ(笑)


アート・ビジネスの現状からいえば、確かにどうやって高名なキューレーターや評論家に取り上げられ、メデイアにアピールすることに重点を置いているアーテイストもかなり多いですよね。

そういうエネルギーはクリエイティブな方向に使われるためのもので、人間関係だとか作戦だとかとかに使うなんて勿体ないじゃないですか。1人の人間として考えた場合、短い人生ですよ。80歳まで生きるかどうかすらわからない短い人生なのに、なんでそんなことに費やさなくちゃいけないの?死んだときに、死んで魂とか意識が残ったときに、自分の人生を振り返ったときに、「なんて無駄なことに一生懸命になっていたんだろう!どこに平和があって、どこに安住する場所があったのか!」と思ったときに「ガーン」とくると思うんですよ。


ニューヨークに来てMoMAで個展やったころは友達もたくさんいて、皆アトリエ貸してあげるからNYで仕事したらと言ってくれたんですよ。じゃあやってみようってことで。まあ当時はグラフィックもやってたから。でもあんまりいいものができない、なんか納得できない。自分を失ってしまった「ニューヨーク向け」の「ニューヨーク風」の仕事になってしまってたんです。実際に「ニューヨーク」というテーマでギャラリーから頼まれて作ったんですけど。でも見たときに自分の作品という感じがあんまりしないわけ。ニューヨークの誰かが作った作品だなという感じで。その作品はいまも MoMA で35か40枚ほどポストカードとして売ってますよ。大きいポスターとしても売ってるんです。まあそれはそれでいいんだけども、誰の作品かわかんないような作品ですよね(苦笑)僕自身ですら誰が作ったかわかんないと思うような作品を MoMA がピックアップして売っていたりするわけでしょ?それを良しと僕の中で思うのならそれはそれでやってもいいんだけど、そうじゃないんだよね。


ではMoMAで売られているポスターを見て、だいぶ複雑な気持ちになる?

ええ。誰がつくってもいいようなもんですよ、あんなのは。そんなのがアメリカで評価されるわけでしょ。アメリカに合わせて作った仕事だということですよ。それを評価されたらわかりますよ、「ああこのスタイルでいけばいいんだ」ってね。そうしたときに「評価されるため、認められるために僕は生きているのか?そんなことは関係なく僕の満足感のために生きているのか?と問えば、僕は自分の満足感のために生きたいわけですよ。


横尾さんはあくまでも横尾さんのペースとマインドで進んでいこうと?

僕はグラフィックを長いことしていて、おそらく死ぬまでやるのかなと思ったら、突然止めたでしょ?いまはペインテイングをやっているけど、まあ将来どうなるかわかりませんよね。将来って言ってもあと残っている将来は短いけどさ(笑)止めるか、違うことやるか、それは自分でもわからない。


それは「Y字路」シリーズにも言えることですか?

う〜ん、なぜ「Y字路」を描くかというと、Y字路なんて問題にした人なんて、ハッキリ言って世界中にひとりもいないわけだし、あれが面白っくて描いてる作家なんて、僕以外いないわけですよ。いたとしてもY字路って気がつかないで描いているだけの話でしょ?僕はそのY字路ってものをはっきりテーマにして作品にした。そうしたら皆が「ああ、そういえばY字路ってあっちこっちにあるね」って。いつも見てるのにY字路をY字路として認識したのは僕の絵を通して認識したっていうこと。そういうのは発見だからね。そういう意味では、もう少しつきあってあげてもいいかなっていうのはありますね。


「Y字路」のどういう所が面白かったのですか?

最初に見たの夜だったんですよね。道路の道が、こうずーと向こうに消えていきますよね。暗がりの夜と道が向こうで消えて、一本の道が終いにどうなっているのかわかんない、それがモチーフとして面白いなと。


それを絵に描いてみたら更に面白かったということですか?

ひとつの絵というのは、ド真ん中に“消失点”があるわけですよね。でも僕の絵には消失点が2つあるわけですよ。「どっち見ればいいの?」っていうことになるんですよ。


見ていると不思議な気持ちになりますね。

普通Y字路を見て「わ〜すごい!」なんて思わないでしょ(笑)Y字路を見てすごいと思う人はたぶん看板を見てすごいと思うだけで、Y字路に感動しているわけじゃないからね。だからそこらへんをもう少し「Y字路」を解明していく必要はあるかなと思ってます。解明するといっても、Y字路のほうから僕に解明してくださいって言っている気がするんですよ、「わたしって何?」って(笑)Y字路を解き明かすことで僕自身も解明されるんじゃないかなあと思う。


横尾さんはまさに本能で描いているというかんじですね。

概念とか観念とかで生きるというのももちろん必要だけども、それだからといって、やはり本能で生きるという事を見逃してしまうのはいけないと思う。ただ、成功したいというのがそれが本能なのか、成功じゃあなくって充実した人生を生きたいってのが本能なのかというと、僕は充実した人生の方を選びたい。


このコーヒーが身体の為にいいからといって飲むと、それは手段になる、或は目的となるよね。芸術に手段と目的ってのはいらないんですよ。現代社会の現代美術は、手段と目的というのが芸術の中に必要だと言っているんですよ。僕は今の現代美術というものから、全く正反対の方向へ走っていっているんですよ。


それはこれからの作品に現れていくということですか?

うん、徐々にね。それで僕の作品が嫌いな人は嫌いでいいんですよ。例えば、「すいません、1点しか売れませんでした」とか「ひとつも売れませんでした」とかであっても、それはそれでいいんですよ。ところが売れなかったことが「成功しなかった」とか、売れたら「成功しました」なんてアホな発想ですよ、おかしいと思うわけ。結果がどうあろうといいんです。結果が大成功であろうと大失敗であろうと、同じことじゃないかと思うんです。そのときに自分の感情をどう揺り動かせるかの問題だね。成功したら成功のほうへ、失敗したら失敗のほうへと感情が全部流れていってしまうような、そんな感情の逃げ方はしたくないですね。


またいつかNYで展覧会をやろうと思いますか?

いくつか話はあるけど、それにのるかどうか、いまのところはわかりませんね。先に展覧会があるとプレッシャーになるじゃないですか。そのために作品を作る、作らなくちゃいけないみたいな。作品を制作することが先にあって、展覧会はその後の話なんですよ。自分の作品が作れるかどうかが問題だかね。良い話ばっかり聞いて肝心の作品が作れなきゃ意味ないわけだからさ。余計な欲望とか執着が悪魔の囁きになるわけですよ。


僕は10代の頃からわりと欲望とか執着とかはないほうでしてね、僕に会って「あいつ馬鹿じゃないの?」って思った人もたくさんいると思いますよ。右行けと言われれば右、左に行けと言われれば素直に左へ。あれが欲しいとか、これをこうしてやろうなんて思ったこともなかったですね。童話のストーリーを幻想や空想の世界で感じる程度ですよ。そういうとキザに聞こえるかもしれないけど、実際にそうだったんだから仕方ないですよね。


でもそのほうが悩みも苦痛もなくなりますよね。ゼロじゃないですよ、腹立つ時には腹立ちます、ドイツの講演会のときみたいにね(笑)でもそれは僕の意思をきちんと伝えようとしているときに、理不尽な理由でねじ曲げようとすることに対して腹が立ったわけで、別に何かを欲しているところからきているわけじゃないでしょ?もちろん主催者のほうは慌てたかもしれないけど、だからといって妥協して自分の意志を曲げるようなことはできないからね。まあ、そういうケンカはしますよ、これからも(笑)




interview: Sai Morikawa

photo: Sei Koike