Interview

 
 

鈴木 綾子

Ayako Suzuki
アートカテゴリ:  Painting

Cité Internationale des Arts (国際芸術都市) は、パリ市内における国際的な芸術・文化交流の場としてフランス政府と市の援助により1965年に設立されたアトリエ付きのレジデンス※1 だ。 ここには、約40カ国から300名程のアーティストたちが、美術・音楽・舞踏などの研究・制作を目的として滞在している。このアトリエのほとんどはフランス政府やその他各国の財団、教団、または学校法人との契約が交わされている。各団体のコンクールや推薦を経たアーティストたちがここでの滞在権を得る事ができるのだ。先日、レジデンス内のギャラリーで日本人画家、鈴木 綾子 (Ayako Suzuki) さんの展示会のオープニング(vernissage※2)が行われた。


この展示会を行うことになった経緯を教えてください。

私の所属する女子美術大学大学院内のコンクールで、Cité Internationale des Artsに一年間滞在できる権利を得て2006年4月から滞在制作を行ってきました。Cité Internationale des Artsはファインアート、音楽、ダンス、文学等すべてのアートに関わる仕事につくアーティストが滞在するレジデンスです。ここのレジデンスに滞在するにあたって、レジデンス内にあるギャラリーでの展示の権利が得られるため、その機会を利用しパリ滞在中に作品発表の場を設ける事にしました。そして今回の展示が、自身にとって初めての個展となりました。


今回の展示会のテーマやコンセプトがあれば教えてください。

ここ一年間近く、「絵画と窓」というテーマにしぼって制作を進めてきました。私たち人間の住まう空間で、「絵画」という二次元の媒体がどのような働きをもたらすのかという、「絵画」と「空間」の相互作用について興味をもったのです。4つの辺をもつ平面上に物語や意味の展開を示すことよりも、4つの辺をもつ「平面」が「空間」とどのように関係するかということにテーマを設定しました。 その問いから、「窓」という外部と内部の視覚上の往来を可能にする機能が、「絵画」という別の次元を示すことのできる媒体の機能と重ね合わせる事ができると考え、「窓」という物体のもつ要素を取り入れて作品の形を固めていきました。


展示された作品はすべてパリで制作されたものですか?

はい、すべてパリで制作したものです。


パリでの制作やレジデンスでの滞在はどうでしたか?

今回は運良くパリ市内にアトリエと住まいの環境を置くことができたので、日頃から散歩のついでにギャラリーや美術館に立ち寄ることができたのは、とても恵まれていたと思います。作品でもその辺の落書きやらゴミやらなんでもいいのですが、新しいものを直にこの目で発見、体験することで救われたり、勇気づけられたりということがありました。


それと、街の人たちがあまり急いでいないというか、時間の使い方にゆとりがあると感じました。街も、観光地なのでそれなりの賑やかさはありますが、慌ただしさというのはあまりなく、そのせいか自分の気持ちの持ち方もだいぶ穏やかに保てたと思います。 レジデンスは衣食住を時折ともにする親しさもありながら、互いに仕事をする上で影響し合える場です。滞在者の年齢もジャンルも実に様々です。大ベテランのおじいちゃんや、家族連れの方、また私のような駆け出しのひよっこまで。 ここに住む事の出来る、なによりの楽しみとは、そういった様々な人たちと多くの交流を持てるということでしょう。


住人同士では、あらかじめ相手が「アーティスト」であるということがわかっているので、レジデンス内ですれ違ったり近所だったりというだけで、言葉を交わせたり、仕事をアトリエで見せ合ったりできるというふうに、気軽にコミュニケーションが交わせるのが何よりここの素晴らしいところだと思います。 こんな大都心のど真ん中に位置していて、なおかつアトリエや居住空間のコンディションに優れた場所は、他にないのではないかと思います。


過去の作品を拝見したのですが、テイストが変わってきているようですね?
なにか自分の中の変化や影響を受けたことなどがあったのでしょうか?

以前は具体的なモチーフや風景に基づいて絵を展開していたのですが、現在はそういった要素はほぼ排除しています。また同時に、以前はその日その時のコンディションに左右されてしまうような、感覚に基づいた線や色彩で画面を構成していくプロセスを問題としていたのですが、それはできるだけ抑制するようつとめています。


フランスでの滞在を機に、「自分自身の課題を持ち始めた」というはっきりとしたポイントはよく覚えていないのですが、パリという都市部に滞在することができたために、かなりの密度で様々なアートに触れる機会があり、以前よりも多くの視点を持つことができたと思います。この街では、誰しもが自身を「アーティスト」と称する事ができ、またそう名乗る人間も周囲の人間も「アーティスト」というキーワードに何の隔たりも感じていないということに驚きをおぼえました。


穏やかな視点で捉えれば、「誰もがアーティスト」という事柄は非常に美しいこととして思えるのですが、疑問に思う事は、何を根拠に自身は「アーティスト」であると名乗ることができるのかということです。私はこの「誰もがアーティスト」現象に、否定的な視点は持っていませんが、私自身が「アーティスト」であると名乗るときに、より太い核のようなもの、あるいはより確固たる意思が必要なのではないか、という、「発言」に対する責任を考えるようになりました。


「日曜の日だまりを背に満腹の喜びの中絵筆をとる」行為と、以前私が制作の中で繰り返し行ってきた「感覚に身を委ねて作品を仕上げてしまう」という行為は、「自慰行為として完結してしまう」ことに危機感を抱いて方向転換を計ったのかもしれません。とにかく仕事の中から容易さや怠惰を排さなければいけないという緊張感もまた、こういったことから改めて考えるようになりました。 私は制作を通して他者とコミュニケーションを図りたいと考えていますし、今後テーマや表現の方法が変わったとしても、まずこのことを前提にアクションを起こして行きたいと考えています


今回の個展を終えたご自身の感想をお聞かせください。

今回の作品のキーワードである「窓」や「外部と内部の往来」といったことを意識し始めた頃から、マティスのモロッコ時代に描かれた作品の「窓」や「門」が描かれたものを好きでよく眺めていました。作品の中に描かれた、穏やかに淀んだ熱気と光を多く受けた豊かな色彩から、漠然とモロッコという土地に憧れの思いを抱いていました。


今回の展示で、初めて人の手に作品を渡すという経験をしたのですが、今日にでも作品を持ち帰りたいと言ってくださったのが、たまたま旅行中にギャラリーを通りかかったというモロッコの女性でした。 ほんの些細な出来事の、ちょっとした繋がりですが、なにか自分以外の意思とは別の力に呼び寄せられているような、不思議な思いをしました。 その日の晩はチュニジアの彫刻家のパーティーでクスクスをほおばりながら、いつアフリカ大陸のその地に向かおうかと、しみじみ考えていました。


今後の活動予定を教えてください。

2007年4月に日本へ帰国し、帰国後はまた改めてレジデンス等に応募し、新たな制作の場を持つことができればと考えています。




text: Mieko SAI

photo: s.kante


鈴木 綾子 (Ayako Suzuki)

1982年 東京生まれ 2005年 女子美術大学 芸術学部 絵画学科 洋画専攻卒業 [受賞歴] 2006年 大村女子基金女子美パリ賞 [アーティスト・イン・レジデンス] 2006年 Cité Internationale des Arts, Paris [個展] 2007年 Cité Internationale des Arts, Paris
※その他ポートフォリオ・作品は彼女のホームページにて閲覧できる
http://ayakosuzuki.com/

Cité Internationale des Arts, Paris

18, rue de l’Hôtel de Ville 75004 Paris

http://www.citedesartsparis.net/



※1 アーティスト・イン・レジデンス: 自治体や企業などが、アーティストにある一定期間、宿舎や創作・発表の場を提供することで、アーティストの創作活動を支援する芸術支援活動の通称。

※2 vernissage (ヴェルニサージュ): フランス語で「アトリエ・オープン」という意味。パリ市内のあちこちのカフェやギャラリーで、vernissageを告知したフライヤーを見つけることが できる。