Interview

 
 

村上 隆

Takashi Murakami
アートカテゴリ:  Contemporary Art, Otaku Culture

今やニューヨークでその名前を知らない人はいないというほど、押しも押されもせぬトップアーティストの仲間入りを果たした村上 隆

彼が次々と打ち出す斬新な企画は、ニューヨーカーに日本の「おたくカルチャー」というものを知らしめた。そんな彼に、現在に至るまでのニューヨークでの活動を振り返りつつ現代アートへの思いについて語ってもらった。


アーティストとして、ニューヨークをもうひとつの活動の拠点に選んだ理由を教えて下さい。

アーティストとしてNYを選んだのは、NYは現代アートの中心だからです。(自由に選択できるなら、日本にもっと近いハワイかカリフォルニアにしたかったけどね。)


ニューヨークのどのようなところに刺激を受けますか?

色んな人が住んでいるところ。日本の良さと悪さを気が付かせてくれるところ。


村上さんが、いわゆる日本のアニメキャラクターやフィギュアなどを「世界に通用するアート」として認識するに至ったきっかけについて教えて下さい。

日本でのアートで達成出来る事やそれに対する評価を考えると、どうしても西洋に比べて劣っていることに気が付きました。劣っている部分は認めるしかないのですが、やはり何事も西洋の基準により染まっているような気もしました。アートを捉えなおす為の試みとして、日本特有の文化が作り出す物に焦点を絞りました。それ以降、自分の中や周りの社会においても、マンガ、アニメ、フィギュアに、物凄い影響力や関連性を発見することができました。


村上さんがニューヨーク来た当時、アメリカの日本のアート(アーティスト)に対する評価というのはどのようなものだったのでしょうか?

日本人のアーティスト全員に対する一つの決まった態度はなかったと思いますが、確かにその時の日本人はアメリカ、西洋の価値観の大きさに圧倒され、必要以上にに自らを意識させられ、あまり自由に制作が出来る環境ではなかったような気がします。


まだ売れなかった時代、何を「支え」にして活動を続けていたのですか?

自分の中の「成功する」という強いモティヴェーション。また、中流階級より1ランク落ちたいわゆるブルーカラーの家庭に育ったことで、そこから脱出したい気持ちがあったことも否定できません。それにアートには必ず違う道、違うやり方があるはず!と強く信じていました。


なぜアメリカでは、これほどまでに「オタク」文化や日本のサブカルチャーが大衆に受け入れられたのだと思いますか?

「しょうがない、日本のあの変な文化だ」と大目に見てくれているのではないでしょうか。しかしその疑いの目の裏側には、おたくの内向的な気持ちに同情するところがきっとあるはずです。


村上さんは以前、取材で「僕は日本では全然、展覧会をしたいとは思っていないんですよ。(後略)」と語っていましたが、日本と海外での村上さんのアートに対する評価の違いというか、温度差のようなものはどこから生まれてきているのでしょうか?

西洋人にとって日本のポップなものは新鮮で新しいけれど、日本人にとっては普段から見慣れた確かな存在。それがいきなりアートというグラマラスで排他的な文化として発表されると、大きなお世話だ!ほっといてくれ!というようなリアクションがあるのも確かですね。日本でアートそのものの概念が西洋ほど普及していないのも事実で、逆に私がそのようなアート作品を作ることで、どこか日本を馬鹿にしているところがあると批評されることもあります。


昨年、ジャパン・ソサエティで行われた「Little Boy」展は、連日様々なメディアでも取り上げられ話題になりました。また今年2月には国際美術評論家連盟(AICA)より「ニューヨーク市で開催された最も優れたテーマの展覧会」にも選ばれました。村上さんは同展がアメリカのアートシーンにどのような影響を及ぼしたと考えますか?

多様化した、と信じたいです。Little Boyはどちらかというとコンテンポラリーより、歴史とか社会の調査的な所もあったため、「シーン」とはまた違うと思いますが、例えば、Little Boyの後に、アニメ、かわいい、ゆるいものに触発されるアーティストたちは、前より自信を持って作品制作ができるようになったのであればうれしいです。


「カイカイキキ」や、日本での「GEISAI」のプロデュースなど、村上さんは若手アーティストの育成にも力を注いでいますが、そもそもアーティストのプロデュースをはじめようと思ったきっかけは何だったのでしょうか?

一番最初に、アーティストのプロデュースをしようと思ったきっかけは、長い間手伝ってくれていたアシスタントに恩返ししたいと思った気持ちから。それから、日本における新世代のアーティストを育てる必要性と、マネジメントが必要な若いアーティストが周りにあまりにも沢山いたので、他にやってくれる人がいないならしょうがないという思いもありプロデュースをすることになりました。


あと、西洋ではアーティストになることは非常に個人的で、他人のアドバイスや指摘を決して許さないところがありますが、日本では歌手やタレントはプロデュースされる、つまり養育されていくものとの意識が既にあり、簡単に参加するアーティストを見つけられたというのも関係があります。


村上さんは日本の美術教育に疑問を抱いていると聞きましたが、日本とアメリカでは美術教育に対する考え方にどのような違いがあるのでしょうか?

アメリカでの現状を知らないので、なんとも言えませんがUCLAで客員教授を行った経験を踏まえて話すとすればですが、アメリカはその国のマーケットの現状を反映しているでしょう。大学を出てアーティストになるための知識(つまり美術史や、自分がやろうとしているものへの関連付け方)を学校で教えるのに、日本では先ずマーケットと制作環境がそこまで発展しておらず、学校で教える内容はいまいちリアリティに欠け、教育するべきところが教育出来ない、と言って良いと思います。


村上さんにとって「現代アート」とは何ですか?

2つの意味があると思います。NY中心のアートシーンで見つかる流行りのもの。それと、世界中のアーティストそれぞれがシーンと関係なく制作しているもの。前者は、歴史に残る程の大きなものになることもあり、その時代の現代アートと認められます。後者はいつまでも真のクリエイティブ。




text: Sei KOIKE


村上 隆 (Takashi Murakami)

1962年、東京生まれ。アーティスト。カイカイキキ代表。 2003年、ニューヨークのサザビーズで、等身大のフィギュア作品「Miss Ko2」が、日本の現代美術作品の史上最高額で落札され話題を呼ぶ。その他、ルイ・ヴィトンとのコラボレーションをはじめとした様々な企画を次々と打ち出し、海外において現代アーティストとしての確固たる地位を築く。特に2005年にニューヨークのジャパン・ソサエティで行われた「Little Boy:爆発する日本のサブカルチャー・アート」展は、連日様々なメディアで取り上げられ、今年はじめには、国際美術評論家連盟(AICA)より「ニューヨーク市で開催された最も優れたテーマの展覧会」にも選ばれた。