Interview

 
 
Place: New York

知られざる抵抗

Konrad Aderer
アートカテゴリ:  Film, Movie

2015年、過熱する大統領選の最中、さらにエンターテイメント界におけるアジア系アメリカ人の欠如が問題視されているとき、ニューヨークでブロードウェイミュージカル『Allegiance』の公演が始まった。このミュージカルの物語は、俳優ジョージ・タケイが第二次世界大戦中に日本人強制収容所で過ごした体験が基になっている。最悪の環境の中でも最善を尽くすという意味で、「我慢」が作品のテーマだった。これも生き抜くための大切なスキル。しかし実際には、収容を強いられたすべての日系アメリカ人たちは、ただ我慢していたわけではなかった。今年のJAPAN CUTS!でソールドアウトした、コンラッド・アデレー監督によるドキュメンタリー映画『レジスタンス・アット・トゥーリーレイク(原題:Resistance at Tule Lake)』は、ほとんど公になることのなかった収容者たちの抵抗に焦点を当てている。これは、今まで語られなかった、そして消えゆく声の物語。

 

日本人強制収容所とは何か?真珠湾奇襲攻撃が引金となり、アメリカ政府は、内地の砂漠地帯に十もの隔離施設を備え、主に西海岸に住んでいた十二万人の日系アメリカ人をそこに強制移送した。その三分の二は市民権を持ったアメリカ国民だったという。しかしアメリカ国民であることなど関係なく、日系人たちは敵分子とみなされ、メディアには「ジャップには気をつけろ!」というスローガンまで掲げられていた。トゥーリーレイク戦争移住センター(ツールレイクまたはトゥールレイクと表記される場合もある)は、国内にいくつかあった収容所の一つだったが、政府によって「不忠」の問題児と判断された者たちが収容された特殊な場所で、軍によって統制された隔離施設だった。収容所にいた当事者や知識人へのインタビュー、また歴史的資料などを通して、トゥーリーレイクに収監された人々に何があったのか、この映画は探っていく。

 

9/11をきっかけに、世界的にエスカレートしているイスラム教徒への弾圧。今年初旬には新政府によって、イスラム教徒へのアメリカ入国制限も施行された。しかし、イスラム教徒だけでなく、現在黒人系、ラテンアメリカ系、アジア系、白人系、様々な人種への嫌悪感が世に増殖している。二十世紀にはヨーロッパでユダヤ人が虐殺され、アメリカでは日系人が強制収容された。ただ、そういった歴史的悲劇は実はそれほど前の話ではない。よって過去から学んでいる私たちでさえも、同じようなことは絶対に繰り返さないとは言い切れない。だからこそ、人間性の存続には、変わっていないことを認め、同じことをまた繰り返すかもしれないという意識を持つことが重要なのではないだろうか。そういう意味では、このドキュメンタリーは、単に日系アメリカ人に起こった過去の悲劇を語るものではなく、誰かによって自由を奪われた人という普遍を映し出した映画だ。過去誰かが会ってしまった悲運は、いつかは自分たちのところへ来てしまうかもしれない。今、私たちは運命の分かれ道に立たされている。

 

 

COOLは、JAPAN CUTS!期間中にコンラッド・アデレー監督に『レジスタンス・アット・トゥーリーレイク』について話を聞いた。

 

 

トゥーリーレイクでは、何もかも奪われた人たちが

市民権を放棄しながらもなお抵抗し続けました

 

 

あなたのこと生い立ちを教えていただけますか?

僕の母方の家族が日系アメリカ人なんです。ですから、僕自身は日系四世です。もしくはアジア系混血の四世とも言います。僕の父方の家族はオーストリアとイギリスの移民で、そのほとんどは二十世紀になってからアメリカに来ています。母方の祖父母はアメリカで生まれていて、ある時期は日本で暮らしていたようですが、アメリカに戻って来ました。

 

なぜ今トゥーリーレイクのドキュメンタリー映画を作ろうと思われたのですか?

僕は9/11をきっかけにドキュメンタリー映画に興味を持ちました。第二次世界大戦中に祖父母が強制収容されていたことを子供の頃から聞かされていたので、あの事件を機に始まった移民やイスラム教徒への影響を目の当たりにして疑問が膨らみました。以前、パレスチナ人移民で抵抗活動をしている人を追った「Enemy Alien(敵国人)」というドキュメンタリー作品を作りました。この作品は僕の視点から物語が語られるので、僕自身の家族についても触れています。そのときにほとんど知識のなかったトゥーリーレイクについて再発見することになったのです。まったく世間に明るみになることがなかったことが自分のコミュニティの中で起こっていたんですよね。そして単に強制的に監禁されただけでなく、まさに今世の中で起こっていることと共通する部分がいろいろとあると気づきました。

 

英単語の「internment(収容)」という言葉は、たくさんの人を監禁する際に用いられる言葉です。ところが、その言葉は日系人の強制収容には適切に使われていません。それは戦争において、敵国の国民に対して使われる言葉なんです。トゥーリーレイクは、アメリカ国民とそうでない人で扱いが違った珍しい場所で、日本人の立退きが命ぜられていた区域に唯一存在した施設でした。ですからその区域でまかり通った酷い法律がトゥーリーレイクでも適応されていたんです。そこであまりの酷い扱いに市民権を放棄する人もいました。市民権を放棄した人はすぐに、隔離施設の中にあった収容所に入ることになりました。

 

日系人強制収容所のことが公に語られるまでに長い時間を要したのはなぜだと思いますか?

© Resistance at Tule Lake

一つの理由としては、収容所にいた人たちが語りたがらなかったことが挙げられます。上の世代の人たちは明るみなることを嫌がりましたが、それをもっとオープンにしていこうという動きがありました。多くの日系二世は、当時まだずっと若く、一世ほど収容所での体験に強い思い入れがなかったので、彼らが事実を明るみにしていったんです。八〇年代以降は、探せば収容所に関する資料を見たりすることはできましたが、トゥーリーレイクに関するものはありませんでした。これトゥーリーレイクに焦点を当てた初めてのドキュメンタリー映画だと思います。

 

なぜ収容者の抵抗にスポットライトを当てたのですか?

もし社会的意識が高かったり政治的関心があれば、もしあのとき自分がそこにいたらどうするかと考えると思います。言われた通り従うのか、それとも抵抗するかと。当時抵抗した人たちはみなそういうジレンマを抱えていましたし、彼らが取った行動は現代に生きる人に勇気を与えるのではと思っています。現在アメリカの多くの移民コミュニティが難しい局面に立たされています。一日に千人もの人が拘置所に入れられてしまっていますからね。トゥーリーレイクでは、何もかも奪われた人たちが、市民権を放棄しながらもなお抵抗し続けました。その事実が、今を生きる人の心を動かすのではと思うのです。

 

アメリカでは拘置所に人を入れることで利益を生み出していますよね。

そうですね。人種差別は常に経済をバックアップしています。西海岸の日系人排除の動きは、経済的競争が大きな理由です。そして今、民営化された拘置所システムによって利益を生み出している人もいます。

 

 

戦時中に自由を奪われた人たちがそうだったように、

少数派が世の中に影響を与えることもできるんですよ

 

 

2015年の年末にドナルド・トランプによる日本人強制収容所についてコメントがあったり、今年はイスラム教徒の入国制限があるなど、有色人種への嫌悪感が世に目立つようになりました。この映画は今とどのように結びつきますか?

第二次大戦中当時も差別的表現がありましたから、日系アメリカ人の強制収容は、白人至上主義による反アジア人的要因によるものだと言えます。人種差別であり、また経済政策でもある。それに、当時たくさんの日系人が政界で当選を果たしていたので、議会は日系人の強制隔離に積極的でした。

 

今の状況を見れば、同じような動きがあるとわかるでしょう。堂々と差別的思想を持つ人が姿を現してきていますからね。なぜこのような事態が9/11よりも随分後になって起こってるのかはわかりませんが。

 

いろいろ説もあるのですが、一つはイスラム教への恐怖心が蘇ってきたことが挙げられます。9/11とは関係なく、政府には常にそのことが課題としてあります。特定の国からのイスラム教難民を入国させないといったようながあるので、僕たちは理性に欠ける人種差別的動きが、どのようにして正気な政策へと変わるのかちゃんと目を光らせておく必要があります。

 

今お話しになったこととつながってくることだと思いますが、過去アメリカに「カリフォルニアを白人の州に」という運動があったことから、結局人は何も変わっていないのではと感じます。今の人は昔の人よりも賢くなっていると信じる傾向にありますよね。あなたの意見は?

もちろん進歩した部分もあると思いますよ。ただ、アメリカにはもう奴隷制はありませんが、とんでもないことを言う人がたくさんいますし、そういう人のことを票欲しさに聞いてしまう人が権力者の中にもいます。これはアメリカの人口変動の影響によるところが大きいのかなと。過激派の多くは保守的です。今まであった主導権がなくなりつつありますからね。今回が、白人至上主義が国の政治を動かす最後の機会になってくれればと思いますが、どうなるかはわかりませんね。白至上主義は終わったと思っていましたが、それは間違いでしたから。しかし、戦時中に自由を奪われた人たちがそうだったように、少数派が周りに影響を与えることもできるんですよ。

 

ドイツとイタリアは真珠湾を攻撃していませんが、日本人強制収容所のことを考えるといつも「じゃあドイツ人とイタリア人はどうなった?」という疑問が出てきます。彼らに何があったかご存知ですか?

ジュンイチ・ヤマモトさんとビル・ニシジマさんは、市民権を放棄して収容所に入った後、市民権を放棄した人たちに何があったか聞かせてくれました。ドイツ人とイタリア人に起こったことはこの映画の中では触れられませんが、ヤマモトさんによると、ドイツ人もイタリア人もそこにいたそうです。彼らと仲良くしていたみたいですよ。ジュネーヴ条約があったので、広大な収容所の内に設けられていた、市民権を放棄した人を隔離収容する施設の環境は、その外とは全く違っていたことだと思います。トゥーリーレイクや他の収容所も、結局ジュネーヴ条約を犯していましたから。

 

市民権の放棄と、それから生じる一連の流れの部分を詳しく掘り下げていますね。その部分の重要性を教えてください。

トゥーリーレイクを訪れるバーバラ・タケイさん © Resistance at Tule Lake

収容登録する時点で、市民権を放棄して日本に帰還することを望む人はたくさんいました。しかしながら、議会が市民権を放棄できる法律を作るまでは、そんなことはできませんでした。市民権を放棄した人たちは国外追放の対象になるので、それが不忠の問題児たちを国から排除する術だと政府は思っていたんです。

 

おそらくトゥーリーレイクの生き残りの中で、今あの収容所のことに一番詳しいのはバーバラ・タケイさんだと思うのですが、市民権を放棄できる法が作られたのは、自主的に強制送還できるようにする政府の計画的作戦だったと彼女は言います。同じ時期に、収容所内では親日派閥であるホシダンが結成されたので、収容者を抑圧するどころか、収容者を国外追放するために政府は彼らをサポートしたのです。

 

ホシダンは日本を強く支持した、統制の取られた組織です。時に暴力的ですらあり、市民権を放棄するよう人々に圧力をかけていました。しかし政府が収容所を閉鎖すると発表するまでに、ほとんどの収容者は放棄しなかったのです。あんなに酷い監獄だったにもかかわらず、そこにいたいと願う人が多かったのは皮肉なことです。当時は日系人であるということで、収容所の外には危険が溢れていましたし、そこから世の中がどうなっていくのか予測がつかなかったからです。それに加え彼らからはすべてが奪われてしまっていましたから。

 

それでも政府はそこから全員退去するよう発表していました。だから何をすべきか考えなくてはいけません。そこで軍はこう聞きます。「市民権を放棄しますか?それともアメリカにいますか?」と。タケイさんによると、そのときあまり時間的余裕がなかったので、五千人もの人がどっと市民権を放棄することになったのだそうです。

 

 

 

戦争の狂気は、当時と今ではまったく違う様相を呈している

 

 

トキオ・ヤマネさんの証言に「収容所でいろいろあったけれど、そういうことが重なって現在があるから、一辺も自分が不幸だと思ったことはないです」とあり、映画は自己肯定へと向かいます。なぜこのような形で映画を結びたいと思われたんですか?

ヤマネさんはスピリチュアルに物事を捉える人です。この映画に協力してくれた収容所の生き残りの中で、おそらく一番大変な思いをしているはずです。しかし彼はいつも物事の良い面を見ようとしているので、アメリカに対して憤りはありません。収容所では、一歩間違ったら死ぬというくらいまで暴行を受けて、歯をほとんど失ってしまったんですよ。そんな悲惨なことがあったにもかかわらず不幸だと思ったことがないとはどういうことなのか、今の僕にはわかりませんが、収容所での経験を経て生き抜いた彼の姿から大切なことをたくさん学べるはずです。

 

ヤマネさんはまた「戦争は人を狂わせてしまうから避けるべきだ」と言います。世界を巻き込むほどの戦争を体験していない世代の一人として、戦争に対してどのような気持ちをお持ちですか?

© Resistance at Tule Lake

僕が生きてきた中でも戦争はありましたが、当時の人が戦時中に経験したようなことは何も経験していません。戦争の狂気は、当時と今ではまったく違う様相を呈しているからです。今は、昔のように国全体で戦争に参加することはなくなっているので、戦争がこの世界にどんな影響を与えているのか把握することがとても難しくなっているんです。現代人はつながりを持たず、離れ離れになっていますよね。しかしトゥーリーレイクを見て、戦争がどう集団に影響を与えたのか理解できれば、当時の状況と、まさに今様々なコミュニティに起こっていることとの間につながりを見出すことができます。ある意味、ジョージ・オーウェルの小説「1984」のように、僕たちは常に戦争をしているんです。終わらない戦争の中に生きているんですよ。この狂気を今僕たちはしっかり理解し、問題を解決していかなくてはいけません。

 

ある日本人のジャーナリストが「メディアが戦争を報道すれば、より売れる」と言っていました。私たちは何を探しているのでしょう?

北朝鮮は明らかに戦争対象として扱われています。またシリアへの軍事介入も人の気を引く売物です。いつ戦争を利益を生む道具として使うかの問題で、お金が戦争を動かしているのも事実ですよ。そしてアメリカは世界一兵器を作っていますからね。アメリカは常に兵器を売っていますし、どこよりも優れたものを生み出さすよう努めています。そのようにして作られた兵器はパレスチナ人相手にイスラエルで使用されたりしました。会社によっては戦争は魅力的に映り、そういった会社はまた社会に大きな影響力を持っているんですよ。そして兵器を作る会社は僕たちの税金でサポートされています。世の中には戦争をある種の楽しみとして捉えている人もたくさんいます。だからこそ世界の抱える問題は打開策がないように思えてしまうんです。

 

今アメリカにはどんな希望があると思いますか?

映画上映後Q&Aを行うアデレー監督 © Geroege Hirose

今まで聞こえなかった少数派の声が枠を超えて聞こえてきていることでしょうか。この映画で償いへ向かう様を入れたのはとても重要で、どう日系アメリカ人が戦後に団結して、アメリカの視点を変えることができたのかがわかります。もちろん償いに到達するまで四十年もかかっていますが。ですから、今を生きる人々が、この日系アメリカ人たちから何か感じ取ってほしいと思っていますし、彼らが辿った道から学んで手遅れにならないうちに解決方法を見つけてくれればと思います。日本人であるというだけで危険だった時代があったこの映画は教えてくれますが、頭を剃ってその危険と戦った男たちがいたことも事実です。本当にすごいことです。戦車に囲まれた絶体絶命の状況で、自分たちの権利を主張していた人がいたことは信じがたいことです。どんな状況でも必ずできることがあるんだと彼らが教えてくれている気がします。

 

 

テキスト&インタビュー by 岡本太陽

Production Photos © Resistance at Tule Lake

コンラッド・アデレーの写真 © Geroge Hirose

 

『レジスタンス・アット・トゥーリーレイク』オフィシャルサイト

JAPAN CUTS!オフィシャルサイト

 

 

関連記事:

『妨げられる夢現』真木太郎インタビュー(『この世界の片隅に』)

『限りなく透明に近い俳優』オダギリジョー インタビュー

『球の観点』森達也インタビュー(『FAKE』)

『敗戦少年の抵抗』大林宣彦インタビュー

『新世界を予感して』ネルソン・キム&アーロン・ヨー インタビュー(『サムワン・エルス』)