Interview

 
 
Place: New York

妨げられる夢現

Taro Maki
アートカテゴリ:  Film, Movie

映画公開後の口コミが広がり、昨年から日本で爆発的人気を博している、片渕須直監督の長編アニメ映画『この世界の片隅に』が、8月11日、ついにアメリカで公開する。また、映画の公開に先駆け、先月ニューヨークで行われていた、北米最大の日本映画祭JAPAN CUTS!では、プロデューサーの真木太郎氏を招いて、クロージング作品として『この世界の片隅に』がプレミア上映された。

 

恋愛や友情の一切を排し、戦地から脱出を試みる若い兵士たちの姿を描いた、クリストファー・ノーラン監督の新作『ダンケルク』が、現在全世界でヒット中だ。しかし戦争は、兵士だけでなく、日々を慎ましく生きているごく普通の人々までをも巻き込んでしまうもの。そこで『この世界の片隅に』が追うのは、戦地で命を削る兵士ではなく、浦野すず(のん)という、昭和19年に広島から呉に嫁ぐ女性。絵を描くのが好きで、ついついぼんやり自分の世界に入ってしまう彼女。「できる主婦」ではないが、食料すら十分にない暮らしの中でも、豊かさを見つける探究心は人一倍。しかしそんな彼女の日常にも、太平洋戦争の巨大な影は少しずつ忍び寄って行く。

 

2001年に9/11が起き、その約10年後に3/11が起きたことはまだ記憶に新しい。その2つの出来事は全く違うことのように思えるが、共通していることは、想像が及ばないくらい圧倒的な力によって、突如日常が蹂躙されてしまったということ。70年以上前の日本で、すずのぼんやりした世界は妨げられた。そしてどんなに辛く悲劇的なことが起こっても、結局足を止めないのが日常。『この世界の片隅に』は、日々の食事から、人間関係や自然の移り変わりまで、混沌の時代のさまざまな日常の風景を見つめながら、いつの時代でも、どこでも、おそらく人の体験することは根本的には変わらないと、心の深いところで感じさせてくれる 。

 

アメリカは近代の歴史を見てもずっと戦争に関わり続けている国。そしてその体勢は今も変わらない。だからいつもアメリカ映画の中では、戦う兵士が主人公であり、ヒーローだ。そんなアメリカの地で、この映画は果たしてどのように人々の目に映るのだろうか。

 

 

COOLは、『この世界の片隅に』上映のため、JAPAN CUTS!を訪れた映画プロデューサー・真木太郎氏に話を聞いた。

 

 

ものすごく実現の難しい企画ではありました

 

 

片渕さんが温めていた企画に、真木さんの会社ジェンコが加わったそうですが、その企画のどこに惹かれたのですか?

企画にではなく、惹かれたのは片渕監督の作家性です。『マイマイ新子と千年の魔法』という彼の前作を観たのですが、とても心を揺さぶられ、彼のものすごい才能を感じました。そして結果的に、『この世界の片隅に』はヒットして、評価も高く、たくさん賞もいただきました。

 

しかし、当時はこの映画がどんなものになるのか予測がつかないわけですよね。しかも、恋愛の要素やアクションなど、“アニメらしさ”がまったくない。だからビジネスとしてのハードルは高いだろうと思っていました。けれど、作品を一緒に作って、クリエイティブな人を世に出すのが自分のやるべきことだと信じているので、そこにやりがいを見出しました。

 

片渕さんのすごい才能とはどういうものですか?

心の琴線に触れる映画作りをしているなと思いますね。正直『マイマイ新子』を観ていても、自分が何に感動しているのかわからなかったんですよ。ただ彼の才能がそうさせているのだけは明らか。『この世界の片隅に』を一緒に作って、やっとその才能のことが半分くらいわかったかもしれないという感覚です。言葉でその才能を語るのはとても難しいですね。

 

丁寧で手を抜かないという点が1つ挙げられることかもしれません。それに、アニメーションだから彼の才能が引き立っているのかも。自分で芝居をつけなくてはいけませんから。アニメーションであるがゆえに、どういう芝居が人に伝わるか、あるいは何をその人たちに伝えたいのかを、ものすごく真剣に彼は考えています。

 

クラウドファンディングを採用した作品としても日本では話題になっていましたが、それを採用した理由は?

3年くらい前の日本では、クラウドファンディングのシステムはほとんど知られていませんでした。クラウドファンディングには、資金調達と支援者獲得という2つの側面があります。そこで僕たちは、支援者を集めて、1人ひとりに宣伝マンになってプロモーションしてもらいたいと思っていました。その場合、クラウドファンディングを採用するのは公開の直前になります。けれど、まず資金調達がままならない。この映画には派手さがないですからね。原作はあるけれども、ベストセラーではない。片渕監督も、前の作品が大ヒットしているわけでもない。そういう意味ではものすごく実現の難しい企画ではありましたが、製作にはゴーサインが出ています。独立系のプロデューサーはこういうところに苦労するんです。製作費は少しずつお金がかかってきますからね。最初から総額は言いません。そこで、公開前に採用するつもりだったクラウドファンディングを、資金調達をするために採用することになりました。そうした結果、資金調達と支援者、両方が満足する結果になったんです。

 

真木さん自身がアイデアを出した部分はあったのですか?

ほとんどないですね。実は僕のところに映画の話が来たときには150分の作品だったんですよ。でもその長さだと資金調達が難しくなるので、それを120分に切ってくれと言いましたね。120分になれば製作費もより少なくなりますよね。それにどうしても長い映画は劇場からは嫌煙されてしまう。内容よりも先に、「えっ、長いですね」と最初に言われてしまいますからね。

 

すず役の、のんさんの声がとても印象的な作品です。すずの声を探す過程やキャスティングについて教えて下さい。

『この世界の片隅に』 © Shout! Factory Films

アニメーションは画と音でできていて、それらは別々に作ります。画は、監督が、動きや表情、心理描写などを演出します。そのときはまだ声は入っていません。日本の2Dアニメの声はアフレコで、CGはプレスコと言って、先に声を録り、それに画を付けていきます。そこでどういう声質の人がキャラクターに合うのかを考えます。

 

主人公のすずさんだけは、ものすごく監督も悩んでいて、なかなかしっくり来る人がいませんでした。しかし、ずっとのんのことが監督の頭にあったので、彼女にもオーディションに来てもらいました。俳優さん声優さん含めて、すずさん役だけで30人くらい来てもらったと思います。のんはオーディションで、すずさんがどういう役で、どういうお芝居をすればいいのかを、細かく監督に質問して、役作りをしていくわけですよ。すると彼女はまるでシャーマンのように、誰もがすずさんと納得する声を出す。「シャーマンのように」というと、「考えてやってるんです!」と彼女は怒るんだけどね。でもそれも天性の才能ですよね。見事なすずさん役でした。

 

 

失敗も死ぬほどやってきている

 

 

真木さんはこれまで数々のアニメ作品に携わってこられています。どういう経緯でアニメの世界に入って行かれたのですか?

映像業界に入って3〜4年が経ったときに、「ホームビデオ」という言葉が出てきました。それまでは、映像を観ようと思えば、映画館かテレビしかなかったわけですが、アニメファンは好きな作品を何度も観たいと願っていたんですよ。実際に、アニメは圧倒的に家で観たい、コレクションしたいというファン声も多くありました。映画館に何度も行くわけにもいかないですし、テレビも好きなときにやっているわけでもありませんから。

 

僕は、洋画、日本映画、アニメーションと、いろんな作品に携わってきましたが、当時から世間に求められていたアニメに特化してきます。そうやってアニメに馴染んでいったわけです。ですから、アニメが好きだからという理由ではなく、「ビジネスとしてのアニメ」というところからアニメ業界に入って行ったんですよ。

 

真木さんの人生を変えた作品はありますか?

プロデュース業を長年やってきて、『この世界の片隅に』はとても良い成績で終わり、プロデューサーとして良い仕事ができた気がします。でもそれは今までの蓄積があってのことなんですよ。蓄積というのは、僕の場合はやはり量です。ということは、失敗も死ぬほどやってきている。

 

僕は、自分が面白いと思ったものは、信じてやるというおっちょこちょいな性格です。しかし、失敗したけれどもやって良かったと思う作品は、やっぱり『千年女優』ですね。ビジネスとしては失敗。けれどもある程度の賞をいただいた。でも賞じゃ食えないじゃないかって話ですよね。『千年女優』は15年くらい前の作品ですが、今でも「あれを作った真木さん」と言われるんです。僕のブランドのルーツですよね。『パーフェクト・ブルー』というアニメ作品を観て、いたく感動したんですが、監督の今敏のところに行って、「次は俺とやってくれないか」と直訴しましたよ。

 

アニメの観客層は、おそらく真木さんがアニメ業界に入られたときと今では、だいぶ違ってきているのと思います。アニメはもはや子供が観るものではなくなっているというか。アニメを作る上での意識は、以前とどう違っていますか?

『この世界の片隅に』© Shout! Factory Films

以前は、アニメといえば子供とオタクのものだったけれど、今は世界中でそういうカテゴリーではなくなってきていますよね。子供やオタクを意識して作っていたときは、ある種のマニュアルがあったように思います。それが今はジェネラルでユニバーサルなんですよ。だから方程式がない。アニメを作ることがすごく難しくなってきているのは確かですね。今までは、おっぱいが大きい女性キャラクターがいれば売れるとか、何かしらのマニュアルがあったんですよ。今はもうそれはなくなってしまいましたね。とにかく良いものを生み出そうとしていますよ。

 

アニメの世界では、数ヶ月前にアメリカでも公開された、『君の名は』の新海誠監督のような若い世代、そして彼よりもずっと若い人たちもいて、真木さんも彼らとお仕事なさる機会が多いと思いますが、若い世代と共通するものはありますか?

新しいものを作ろうとするところですかね。やはり人がやっていないものをやりたい、という想いはクリエイティブな人たちには根本的にあると思うんですよ。若い人たちでも、僕らの世代でも、今までなかったものを作ろうとします。そういう気持ちがクリエイティブなものに携わる人たちにはないといけない、年齢関係なく!

 

『この世界の片隅に』はキャリアの中でどういう位置にありますか?

プロデューサーという職種は、アメリカと日本では全く違うと思うけれど、日本の映像業界ではプロデューサーと名乗る人は石投げれば当たるくらい多い。日本には製作委員会というシステムがあるから、結局クレジット上ではみんなプロデューサーなんですよ。でもハリウッドなんかでは日本と違って、プロデューサーと彼らが作った作品が直結している。プロデューサーの名前を言えば、その人の手掛けた作品が思い浮かびますよね。

 

これまで独立系でたくさん作品を作ってきましたが、『この世界の片隅に』程、評価とビジネスが伴った作品はなかった。それはとてもありがたいなと思います。僕のことは知らなくても、映画のことは知っているから、これから作品作りがやり易くなりますからね。

 

 

戦争だけではなく、

9/11や3/11 も同じようなことかもしれない

 

 

『この世界の片隅に』で描かれる戦時中の生活の様子は、実写映画よりもリアルに感じられる気がしました。なぜだと思いますか?

こうの史代さんの原作がよく調べられていたということが1つ。そして片渕監督はその原作を預かっている。預かっている以上は、より詳しく調べる必要があるんです。再現性は片渕監督の素晴らしい作家性なんですよね。異常なほどのこだわり。あそこまでやる必要があったのかは別として、ああいうことをやれば伝わるということもわかりました。

 

ヤマトが呉に入って来るところをすずさんと周作が見ているシーンがありますよね。あれは4月17日という1日だけの出来事です。それは知っている人ならば知っている情報です。しかし片渕監督は、その日の気温や天気や、どのくらい向こうが見えるかという距離感までも調べる。あの日は、曇りで、気温は10数度、視界は20キロ遠くまで見渡せる状況だったので、まさにそういう画にするんです。さらに、曇りではあるけれど、なんとなくうららかで、少し2人の関係の温かみのようなものまで伝わるんですよ。

 

また、呉の人たちは、広島原爆によるキノコ雲は、20キロ離れたところから見ているんですよね。映画の中には出て来ませんが、日常を描いた積み重ねが、空に出現したキノコ雲を、呉の人たちは昼飯食いながら見ていたのかな、とか思いながら観ることもできるのではと思います。

 

『この世界の片隅に』は、戦争というとてもセンシティブな題材を扱っています。芸術に携わる1人の人間として、この映画に対する想いは?

Taro Maki at JAPAN CUTS! © Taiyo Okamoto

確かに戦争が舞台ですが、これは1人の女性、1人の主婦の話です。そんな人に、自分自身では抗うことのできない大きな災難が降りかかるわけですよね。それは戦争だけではなく、9/11や3/11 も同じようなことかもしれない。

 

戦争映画というと、大抵軍人のヒーローが出る悲劇的なものですよね。でもこの映画は、戦争の時代が舞台だけれど、戦場が舞台ではない。この映画のように、毎日飯も食わなきゃいけない、というような戦時中の人々の日常を描いている作品は、かなり珍しいんですよ。ヨーロッパなどにはあるかもしれませんが、日本映画としては毛色の違う作品です。

 

日本に原爆を落としたことを良しと思う人が多いアメリカですが、どういうことをアメリカの人に感じて欲しいですか?

日本でも70年前の話ですから、70代以上の方々が観て切実に思うことはあっても、これをリアルに感じながら観られる人はほとんどいません。日本にはアメリカと戦争をしていた事実を知らない若者もたくさんいるくらいですからね。特に日本は、戦争の是非を問うのがすごく難しいので、教育の現場でもまともに戦争に関しては教えないんです。そういう状況はきっと日本だけではないと思うので、アメリカの人たちにも先入観のない状態で観て欲しいなと思います。

 

 

テキスト&インタビュー by 岡本太陽

© Shout! Factory Films

 

この世界の片隅に』8月11日(金)より全米限定公開

 

『この世界の片隅に』オフィシャルサイト

JAPAN CUTS! オフィシャルサイト

 

 

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