Interview

 
 
Place: New York

足跡の声

Satoko Yokohama
アートカテゴリ:  Film, Movie

世の中で輝けるのはおそらくたったひと握りの人間だけ。しかしその光の周りには、夢半ばで諦めた者や、目的なくただ歩いてきた者たちの無数の足跡が残っている。『ジャーマン+雨』や『ウルトラミラクルラブストーリー』で知られる横浜聡子監督最新映画『俳優・亀岡拓次』が、ニューヨークで開催されていた「第10 回JAPAN CUTS!〜ジャパン・カッツ!〜」のクロージング作品として、7月24日に上映を迎えた。映画の主人公は監督やスタッフから尊敬される37歳独身の脇役俳優・亀岡拓次(安田顕)。お呼びがかかれば日本中どこへでも飛ぶ、さえないさすらい俳優の日常や恋がまるでユーモアと切なさが踊る夢物語のように描かれる。煩悩に誘われるがままに、行くあてもなく、虚構と現実の狭間をさまよう亀岡。多くを語らない彼の残す足跡のみが不思議と何かを物語る。

 

 

COOLは、『俳優・亀岡拓次』上映のため「第10 回JAPAN CUTS!〜ジャパン・カッツ!〜」を訪れた横浜聡子監督に話を聞いた。

 

すべて夢がであり、すべてが現実である

 

亀岡拓次はほとんど感情表現のない人ですね。横浜さんが描く亀岡拓次像を表現するにあたって、モデルはいましたか?

無声映画時代のバスター・キートンやチャールズ・チャップリンのような喜劇俳優をイメージしていました。また、日本の俳優はフランスの俳優とは共有できないものがありますが、目指していたのは、ジャン=ポール・ベルモンドやジャン=ピエール・レオの持つ、何を考えているかわからないけれど何かが伝わって来る感じです。

 

亀岡は、大御所監督に「偶然という名の必然」と褒められても反応しないのが印象的でした。彼にとって俳優業とはなんなのでしょうか?

褒められてもいちいち目はキラキラさせませんよね。亀岡の場合は俳優のお仕事をひっきりなしにやっているので、彼の人生はいただいたお仕事をただやり続けるということの繰り返しです。情熱を持って1つひとつのお仕事に取り組むわけではなく、息をするように俳優のお仕事をしている感じと言いますか。おそらく彼自身もそうありたいんでしょう。

 

亀岡の中に流れている時間について、大女優の村松夏子は「時間が映画」と言いますね。安田顕さんは舞台も映画もどちらもやられていますが、舞台俳優と映画俳優の違いについて安田さんとお話はされましたか?

ネガティブな意味ではないですが、安田さんは舞台の方が手が抜けるとおっしゃってました。映画は、観ている人の視線が画面に映っているものに集中してしまいますよね。その反面舞台は、ステージの上のどこを観ていてもいいので、少しだけ力を抜けるポイントがあるから、彼によると舞台のほうが自由さがあるらしいです。逆に気が抜けないのが映画だとおっしゃっていました。

 

けれど亀岡は映画の撮影をしていても気を張っていませんでしたよね。

安田さん自身は気を張って撮影に挑まれていたはずですが、張っているように見せてはいけないので、そのジレンマとの戦いだったと思います。

 

役者がその場で感じたことを大事にして長編の前2作は作られたそうですが、今回もそのアプローチは生きていますか?

過去の作品はわりと動物的というか、そのときに感じたものや見たものに反応してくださいという演出が軸にありました。しかし今回は40歳間近の男性が主人公で、それなりに自分のアイデンティティもあるキャラクターだったので、私にとっては新しい挑戦でした。ただ演出としては過去作同様に、その都度目の前のことに反応してほしいと伝えていました。亀岡を意識して演じるというよりも、安田さんが感じたままにまずはやってほしかったんです。

 

亀岡は妄想をよくしていますね。しかし妄想とはいえ、現実と想像の世界には何かしらの接点があると思います。

© 2016「俳優 亀岡拓次」製作委員会

私の作品にはファンタジーの要素があるとよく言われます。現実をそのまま映画にするよりも、目の前にある現実をどう再構築してフィクションにするという変換作業により面白さを感じているんですよ。そしてそれをやっていると、シュールな描写やファンタジーの要素を含む作品に結果的になってしまいます。意識的にファンタジー作品を作ろうとしているわけではないんですけどね。

 

『俳優・亀岡拓次』を観ていると、レオス・カラックスの『ホーリー・モーターズ』を少し思い出しました。

『俳優・亀岡拓次』を企画として立ち上げようとしていたときに、ちょうど『ホーリー・モーターズ』が日本で公開されたので、立ち上げの段階でやはり意識はしてしまいました。1人の人間がいろんな役を演じているという共通点がありますよね。ただ『ホーリー・モーターズ』では、なぜ1人の人間がいろんな人になるということはあまり説明がされていませんでしたが、『俳優・亀岡拓次』の場合はそこが説明的になっています。そこが明らかに違う点ですが、表現したい方向性は似ていると思います。

 

映画の中で『みんな夢の中』という楽曲が使われているように、人生自体が夢なのかもしれないとこの映画を見ていると思わされます。横浜さんにはそのような感覚はありますか?

ありますね。やはり夢を見ないとやってられないので。事実、夢を見ている時間も人間の現実の時間ですよね。だからその日見た夢が翌日に影響を及ぼしたりしてしまうことがあります。たとえば、ある人が夢に出てきてしまったせいで次の日その人のことを意識してしまったりとか。そういう意味でも、夢の世界は現実とは無関係とは言い切れないというか。夢と現実は作用し合っているので、すべて夢がであり、すべてが現実であるのかもしれない。

 

 

人から決められてしまったら、もはや表現者ではない

 

亀岡は目的はないけれど、何か不安や焦りのようなものを抱えていますよね。

© 2016「俳優 亀岡拓次」製作委員会

彼の不安や焦りは具体的ではないんですよね。ただ、彼のように目的がなく、ただ生きていると未来への漠然とした不安が生まれてくると思います。先の目的があると、スムーズに目的地にたどり着けるように不安の原因をできるだけ回避しますからね。けれど亀岡の場合は不安回避すらしないほど現在を生きている。きっと自己防衛しないんでしょうね。だからこそ「畜生!」とか「この台詞忘れたらどうしよう」と感じてしまうような、嫌なことだらけが亀岡には降りかかります。そしてその反動で煩悩だらけになってしまう。

 

亀岡のような目的のない人に共感しますか?

「5年後にあれやって、10年後にこうなってます」と人生設計をきっちりしている人よりはだいぶ好きです。目標を決めている人もある意味すごいなとは思いますよ。でも生きていると常にいろんなものが変化していますからね。その変化に対応するのが生きるということでもあると思うので、そうやって生きている亀岡は好きです。

 

人は心のどこかに認められたい気持ちを抱えているものだと思います。この映画は、なかなか認められない人たちに意識を向かわせますね。

すべての人がスポットライトを浴びられるわけではないし、亀岡のような脇役のような人がいないとスターも成立しませんよね。だから影で支えている人や、影に隠れている人たちはやはり世の中に必要なんでしょう。光と影のバランスで世界は成り立っている気がするんですよ。みんながスターだったらとんでもないことになると思いますから。きっと光も影も、お互いがお互いを必要としているんでしょうね。

 

友人が会社を経営しているのですが、クリエイティブな人は必要だけれど、アップダウンが激しいので、安定感のある人がいないと会社が成立しないと言っていました。

それはすごくわかります。映画の現場もまさにそうで、人のバランスを大切にしています。そのバランスが悪いと作業にものすごく影響してしまいますから。私は結構波が激しいタイプなので、影で私を支えてくれる人がいないと力を発揮できないんですよ。

 

『俳優・亀岡拓次』というタイトルですが、亀岡はものすごく普通の人間ですよね。人と肩書きの関係をどう思いますか?

© 2016「俳優 亀岡拓次」製作委員会

肩書きが付くと、おそらく自分自身よりも、周りの人が変わってしまう気がします。周りの見る目が変わるからこそ、自分もそれに影響されて結果的に変わってしまうんですけど。それが良いか悪いかはわからないですね。というのも私の場合は「監督」としてしか見られない場合もあるんです。私に関しては、肩書きで縛られるのは窮屈だなと思うことのほうが多いですね。

 

僕は書き物以外にアートも作っているんですが、「アーティスト」と聞くと、ちょっと胡散臭さがあるので、自分で「アーティスト」と言うことに違和感を覚えることがあります。

私は逆に胡散臭いのが魅力的だと思いますよ。以前JRの施設に自称ミュージシャンの方がいたずらで火を付けたんです。「親からずっと仕送りをもらっていてる自称ミュージシャンの40代男性」という意地悪な報道の仕方がされていました。けれど私は、表現する人は自分で何かやることに意味があると思っています。人から決められてしまったら、もはや表現者ではないというか。あくまでも自称であるというところに私は真の芸術性を感じたんですよね。 当時は「40代にもなって自称ミュージシャンと言ってる」と、彼をバカにしている人のほうが圧倒的に多かったけれど。

 

自分が何者なのか自分で決めることが大切なんですね。

そうなんですよ。表現者は能動的じゃなきゃダメなんだろうなと思います。

 

じゃあ僕もこれから自称「アーティスト」で行きます。

ぜひそうしてください。堂々と行ったほうがいいですよ。

 

この映画で不思議だったのは、麻生久美子さん、三田佳子さん、染谷将太さんなど、たくさんの主役級の俳優が脇役で出演されていたことでした。

上映前に映画を紹介する横浜聡子監督© George Hirose

安田顕さんは普段は脇役で、主演映画への出演は今回がほぼ初めてでした。普段は脇役の俳優が主役になって、いわゆる主役をやる俳優たちが脇役になるという立場の逆転が面白いと思ったんですよ。そうやってある意味安田さんを追い詰めるというか。実力もカリスマ性もある俳優さんが脇役をやることに面白さがあると思います。観ている人もそんな状況に興味をそそられるかなと。

 

安田さんが何度も大きな渦に飲み込まれていくような映画になっていましたね。

本当にそうなんですよ。撮影中も有名な俳優さんが来てはすぐ帰りを繰り返していた特殊な現場でした。結局最後はいつも渦に飲み込まれた安田さんしか残らなくて。彼はまさに亀岡拓次そのものでしたよ。

 

 

テキスト&インタビュー by 岡本太陽

ポートレイト写真 by ジョージ・ヒロセ

© 2016「俳優 亀岡拓次」製作委員会

 

『俳優 亀岡拓次』オフィシャルサイト

「第10回JAPAN CUTS!〜ジャパン・カッツ!〜」オフィシャルサイト