Interview

 
 
Place: New York

アウトサイダーの可能性

Shunji Iwai
アートカテゴリ:  Film, Movie

6月22日から7月9日まで開催されている第15回ニューヨーク・アジア映画祭で24日、インターナショナルに活躍する日本人映画監督・岩井俊二氏が、今秋に全米公開も決定している『リップヴァンウィンクルの花嫁』のニューヨークプレミアで生涯功労賞を受賞した。映画祭では『リップヴァンウィンクルの花嫁』の他にも、25日には公開から20周年を迎えた『スワロウテイル』、26日にはアメリカでも絶大な人気を誇る『リリィ・シュシュのすべて』といった代表作も上映された。

 

これまでの岩井氏の作品を思い返してみるとわかるのは、彼の作品では必ずと言っていいほどアウトサイダーが主人公だということ。そして社会構造に疑問を抱いているキャラクター目線で物語が展開していく。新作『リップヴァンウィンクルの花嫁』の主人公は平凡な派遣教員の七海(黒木華)。映画は日常的にある些細な疑問や社会の生きづらさを七海を通して見つめていく。一見すると七海は“悲劇のヒロイン”に映るかもしれない。しかし社会の軌道から外れれば外れるほど、不思議と彼女の姿は魅力的にきらめいていくのだ。

 

岩井氏は劇映画の他にも、アニメやミュージックビデオ、小説や作詞なども手がけ、さらにアメリカ在住時には日・米・カナダ合作映画も製作し、近年はアジアにも活動の幅を広げている。生き方に多様性を見出すために、常に新しい分野に挑戦し、枠を超えようとする彼は、この社会では異端と呼ばれる作家かもしれない。しかしだからこそ、その生きざまから生まれたアウトサイダーたちは可能性に満ち溢れ、彼らを見つめる我々の心には見たこともない色の光が灯るのだろう。

 

 

COOLは、生涯功労賞受賞のため第15回ニューヨーク・アジア映画祭を訪れた岩井俊二氏にインタビューを行った。

 

 

”あんなことがあった日本を作家としてちゃんと見ておきたい”

 

『花とアリス』後の十数年は、アメリカで映画作られたり、ドキュメンタリーやアニメをやられたり、アジアでも活動などがあり、作家として1人の人間としての模索期間という印象を受けます。ここ十数年をどう受け止めていらっしゃいますか?

10代の頃に映像にたずさわる仕事を目標にした時点で、僕の人生は挑戦だったと思うんですよ。それは厳しい選択ではあったはずですが、その感じを忘れずにいようとすると、自然とこういう軌跡になった気がします。常に不慣れなことを目標に定めて頑張ってやってきましたから。十代から変わらず目標を見つけてやってきたので、こうやって制作を続けられていると思いますし、体力が続く限りはいろんな挑戦をしていきたいと思っています。

 

今回ニューヨークアジア映画祭で上映される『スワロウテイル』は、公開20周年を迎えました。監督にとって大きな転機となった作品はありますか?

あるはずなのですが、どの作品も僕に次のチャンスをくれ、良い意味でダメージも与えてくれました。僕にとっては作品を作るということは自己表現なのですが、同時にアクシデントでもあり、決してラクで楽しいことばかりではない。その集合体が自分の人生のようになっていると思います。

 

これまで数々の作品を作られてきていらっしゃいますが、創作のインスピレーションはどういうときに生まれますか?

黒木華(左)Cocco(右)

創作中ですね。誰かの小説や漫画を読んだりしているときと、自分が何か書いているときはそんなに変わらない状態かもしれないです。できるだけ面白いものを読みたいから、一生懸命考えながら吐き出しています。

 

漫画はよく読みますね。最近の漫画もすごいです。日本のコミック界でヒットしているものはすごく面白い作品が多いですよ。ドラマや映画のヒット作は、観てみると「おや?」と思ってしまうことも多いのですが、漫画はヒットと面白さが一致している気がします。あれだけ多くの漫画がある中でも読者がちゃんと選別してきているはずなので、そこで相当人気がある作品は油断できないどころではないですよ。

 

最近好きなのは、『東京喰種 トーキョーグール』とか『亜人』とか『アイアムアヒーロー』とか。あとは『HUNTER × HUNTER』とか、『闇金ウシジマくん』も名作ですし。僕は、ああやって漫画という世界で物語を作っている人たちにシンパシーを感じます。彼らが目標かもしれないですね。実は僕は漫画家を目指していたこともあって。けれど漫画では挫折者なので、漫画家は高みにありますね。彼らは毎週物語を書かなくてはいけないという立場でやられているので、そういった情熱とペースはとても参考になりますし、頑張っているというところに注目していると、すごくエネルギーをもらえます。オリンピックなどでアスリートを見ているとエネルギーをもらえますよね。自分も頑張ろうって。だから自分から近寄って行くと漫画界からはいっぱいエネルギーをもらえるんです。

 

2005年からはロサンゼルスにもお住まいでしたね。

活動拠点はプロジェクトによるので、実はバックパッカーのような暮らしをしているんです。ロサンゼルスや上海を行ったり来たりして暮らしていますね。『ヴァンパイア』後は少しブランクが空いていましたが、3.11があって、あんなことが起こった日本を作家としてちゃんと見ておきたいという気持ちがありました。そうやって一度日本に戻った結果『リップヴァンウィンクルの花嫁』も作ることになったんです。地震がなかったらおそらくそのままアメリカにいただろうと思います。しかしこれが1つの区切りかなという気がしているので、今後はアメリカや他の国でもまたプロジェクトを立ち上げたいです。

 

 

”環境を探すことに人はもっと貪欲であっていい”

 

3.11は、あれを経験したり目撃してしまったりした人にとっては、これからの生き方を考えざるを得なかった出来事だったと思います。3.11以前と比較して、表現者としてあの一連の出来事を通して変わったことはありますか?

震災時はアメリカにいたので、僕は震災そのものを体感したわけではないんです。同じ時代が続くことは決してありませんし、50年後、100年後の未来予想は誰もが持っていると思います。また、これからどうなっていくのか見極めようとしている人もいますし、僕も作家としてそこには興味があります。あの震災は、もしかすると長い目で見れば、のちのち大きな節目だったと考えられるタイミングだったのかもしれないし、そうじゃないかもしれない。それはやはり時間が経たないとわからないでしょう。けれど、いろんなことがあった時代とは言えるのではないでしょうか。

 

『リップヴァンウィンクルの花嫁』の主人公・七海は、物語の中が展開するにつれてどんどん堕ちていっているように見えるけれども、それがネガティブに描かれていませんね。

黒木華

一見すると堕ちていっているように見えるのは、それを見ている人からの見え方であって、見え方を徐々に変えていくと堕ちていたものが上昇していくような物語にしたいと思っていました。それは主人公の変化ではなく、それを見ている僕らの側の変化です。見るアングルで堕ちているようにも見えますし、同じものを違うアングルから見ると堕ちているように見えなかったりします。人生ってそういうものなんじゃないかなと。それをこの作品で反映してみたかったんです。

 

チェルノブイリを体験した後、世界中がもうあんなことは起こってほしくないと思っていました。みんな同じことが起こることを仮想未来としてとらえていたんですが、3.11がそれを乗り越えてしまった。そして起きてしまったあとはどうなってしまうのかという仮想は、現実として受け入れざるをえなくなりました。けれど、それでも人は生きていかなくてはいけない。『番犬は庭を守る』という僕の小説があるのですが、チェルノブイリにインスパイアされて書いていたことが実際に起きてしまった。そしてそれが現実に現れると、いろんな物差なしでは現実として捉えきれないものだと改めて痛感したので、『リップヴァンウィンクルの花嫁』では多面的な価値観が非常に重要なのではと思っています。

 

この物語は、社会の流れに乗れない七海が我々の期待を背負って1人の立派な社会人になる方向には進んでいきません。それはまるで我々を社会の枠や期待から解放するかのような印象です。

綾野剛

この社会を受け入れてきながらも、本当にこんな社会でよかったのかと疑問や怒りを抱えている方もいらっしゃると思います。けれどそんな風に疑問の多い人ほど僕の映画を気に入ってくれているのかもしれません。僕自身も非常に疑問だらけで、本当にこんな世の中でよかったんだろうかと思っているんです。そういう思いを抱えながら制作しているので、僕の作品にはどこか「社会はこれでいいのだ」という考えへのアンチテーゼが含まれているんだと思います。けれどこのシステムから逸脱して生きるのはなかなか難しいので、みんなせめて映画やフィクションの中だけでも違う生き方を体験したいと思っているのではないでしょうか。

 

社会の枠から外れると、その人への社会の評価は下がってしまうこともありますが、逆に社会の枠から外れることで見える世界もありますね。

だいぶ世の中が脆弱化しているのは間違いないと思うので、海外に出てみようという人も減っていますよね。体験なしで聞きかじったことだけの積み重ねで全部片付いているような印象を受けます。圧縮された情報だけで生きるのは非常にもったいないですよね。僕自身もいろんなデバイスで圧縮された情報を吸収して生きているので人のことばかりは言えないですけど。でも心のどこかで生の時間や空間を体験したいと思っています。たぶんそれがないと心が枯れてしまうから。

 

実は撮影現場は生の体験ができる場所で、1日中雨の中にいることがあります。こういう体験は現代社会にはあまりありませんよね。けれど、そういった経験を通して五感が健康に保たれるような気がするんです。簡単なことではないのですが、そういった時間をみんなが持てたら、現代人も少しは幸せに生きられるのかなと思ったりします。

 

岩井さんの作品の中では生のコミュニケーションがなかなかできない人たちが、ソーシャルメディアなどでは吐き出すようにコミュニケートしているさまが描かれます。まさに現代社会の“生の体験”を拒否するという現象を風刺されていますね。

黒木華

ソーシャルメディアはそれ自体がかなり奇妙なものだと考えます。都市型の社会や生活はずっと批判されてきました。例えば都市で同じマンションの中で暮らしていても、同じ電車に乗っていても、お互いに喋ったりしませんよね。コミュニケーション欲はどこか人間の本能に根ざしていることではあるけれども、会ったこともないのに喋るという逆さまなものが出てきたと思うんですよ。

 

みんな性格や個性は変わらないと思いがちですが、意外と環境の違いによって振る舞いは変わります。だからこそ環境というものはとても大事です。だからたとえ自分が追いつめられて、もうこの世界で生きていけないと思っても、それはあくまで環境の問題である場合が多い。今の環境で輝けなくても、別の環境ではもっと輝けることもあるはずだから、環境を探すことに人はもっと貪欲であっていいのではと昔から思っています。飛び出したり、どこかへ行ったり、いろんなことやってみたりしていいんじゃないかって。人は経験して、初めてそこに莫大な可能性があることに気づけるんですよ。

 

 

テキスト&インタビュー by 岡本太陽

© RVWフィルムパートナーズ


第15回ニューヨーク・アジア映画祭 オフィシャルウェブサイト

『リップヴァンウィンクルの花嫁』オフィシャルウェブサイト