Interview

 
 
Place: New York

新世界を予感して

Nelson Kim, Aaron Yoo
アートカテゴリ:  Film, Movie

レオナルド・ナム (左) アーロン・ヨー (右)

 

「何よりもまずアジア系アメリカ人男性のアイデンティティを探ってみたいと思ったんだ。僕自身がアジア系アメリカ人だからね。それに映画の中ではあまり描かれてこなかったテーマだから。」第38回アジアン・アメリカン国際映画祭でニューヨーク・プレミアを迎えた映画『サムワン・エルス(Someone Else)』の監督ネルソン・キムは言う。アジアン・シネビジョン主催のこの映画祭は、アジア人またはアジア系アメリカ人によって作られた映画、もしくは彼らについての映画でプログラムを構成し上映するというユニークなものだ。

 

『サムワン・エルス』の中で、夏期インターンシップのためニューヨークにやって来た法学生ジェイミー(アーロン・ヨー)は、裕福で遊び好きの従兄弟ウィル(レオナルド・ナム)のアパートで暮らし始める。自由になりたい気持ちを押し殺したまま、なりゆきで故郷のガールフレンドと婚約してしまったジェイミーだったが、新しい土地で不思議な魅力を放つ女性キャット(ジャッキー・チャン)に出会う。大都会ニューヨークのエネルギーに感化され、対照的なウィルの性格を自分に取り込もうとするジェイミーは、変化の快楽に溺れ、自分自身を見失って行く。

 

物語の出発点のジェイミーのように、アメリカ映画の中で描かれる典型的なアジア人男性像は従順で、真面目で、賢い。これは映画の中のアフリカ系アメリカ人やヒスパニック系男性のステレオタイプとは随分異なる。「今でもはっきり覚えているのは、韓国系アメリカ人やアジア系アメリカ人ではなく、アメリカ人として認識されたいという気持ちがあった」とキム監督は若かれし頃を振り返る。映画の中でジェイミーは、まるでアジア系男性に対して抱かれているステレオタイプに逆らうように、自らのアイデンティティを模索する。「自分が望むアイデンティティを作ることだってできるんだ。違う自分になるのもそう難しいことじゃない。そうやっていろいろ試す過程で本当の自分を見つけることができるんだよ。」

 

ジャッキー・チャン

アイデンティティは移ろいやすいもの。だからジェイミーであれ誰であれ、自分探しの旅に出て、その中で閉じ込められた自我を解き放つのは不思議なことではない。そこで覚えておきたいのは、アイデンティティは文化やメディアによって影響を受けやすい性質があるということ。「ポップカルチャーは、アメリカ人らしさや男らしさ、ヒーローとは何であるかという概念を人に植え付けてしまうんだ。問題の核心はそこにある」とキム監督は語る。

 

たとえばアジア系男性を起用したアメリカ映画を考えてみると、ほとんどの人が武術を扱った映画を思い浮かべるだろう。さもなければコメディやホラー映画のはず。それにそのキャラクターがカンフーの達人でない場合、白人の主人公を引き立てる相棒役だ。『サムワン・エルス』で主人公に扮したアーロン・ヨーは俳優の視点で語る。「アジア人やアジア系アメリカ人に、主人公やロマンスの相手を演じて欲しいと思っていても、それにはまだまだ時間はかかりそうだね。特にアジア系男性に恋の相手を演じられる機会はほとんどないよ。」

 

レオナルド・ナム

「アジア系アメリカ人の監督よりも俳優の方がより厳しい状況にあると思うんだ。たとえば僕の場合は、アジア系アメリカ人の出ない映画の脚本を書いて監督することもできるからね。」キム監督は限られた役しかないアジア系俳優の現状を懸念している。そしてこう続ける、「どんなに才能があって、やる気や情熱があっても、俳優は人の先入観に影響を受けてしまう仕事なんだ。」

 

アーロン・ヨーは、『ディスタービア』や『君に逢えたら!』のような、広く知られた映画に出演するアジア系アメリカ人の俳優。アジア系男性が、白人男性ほど多くの役がないのは明らかだが、彼はそれを承知で映画業界に飛び込んだ。「魂の渇きを満たすものを見つけて、それをサポートしてくれる人がいて、もし自分に才能があると信じているのなら、その道を進む意味があると僕は思っているよ。」しかし彼は後に気づかされる。「アジア系であることは僕にとっては大した問題ではなかった。業界でそれを思い知らされるまではね。笑える話だけど、俳優になると決めるまでは、自分がアジア系であることに何の不安も抱かずに育ってきたんだ。」

 

映画『サムワン・エルス』は、アーロン・ヨーの俳優としての新境地を見せてくれる。「大人の役を演じるまで、自分に感情や人間的な複雑さがあることに気づかないんだ。僕はそういう役を探している」と36歳の俳優は主張する。彼が扮したジェイミーは、アメリカ映画でアジア人男性によってほとんど演じてこられなかった複雑な感情を表現する役だ。

 

アーロン・ヨー

数年前にキム監督はニューヨークで、台本読みをしているアーロン・ヨーを見たという。そこで彼は、ヨーには人を惹きつける力とエネルギーがあると感じた。「実際にアーロンに会ってみると、彼の探究心と知性に驚かされたよ。」ヨーの俳優として、また人間としての魅力にキム監督は深く感銘を受けた。「進歩したユング心理学によると、子供の頃はみんないろんなことに興味があるらしい。だけど成長の過程で自分の経験や周りの人に影響されて、いくつもあった好奇心のドアはどんどん閉ざされる。そしてただ受け身になるだけの窮屈な道を進んでいくことになるんだ。だからこそ大人は、特に芝居をする人間ならば、閉ざされたドアをもう1度開け放たなきゃいけない。僕はそう信じているよ。」俳優アーロン・ヨーは、子供の目を持って生きる意味を人生に見出している。

 

しかしたとえ意欲があったとしても、アメリカでは、アジア人男性が、やりたい役や、単に主役を得ることは簡単なことではない。「アーロンが、彼の才能やエネルギー、知性を思う存分表現できる主人公を描きたいと思った」とキム監督は語る。観客を迷宮に導くこの映画『サムワン・エルス』で、ジェイミーを演じるヨーの姿は、まるでしがらみから解放され、ようやく役と心を交わしているかのようだ。「僕が何を言っても、彼は求められた以上のものを見せてくれると信じていたよ」とキム監督は続けた。

 

ネルソン・キム(監督・脚本)

「アメリカでは、白人のキャラクターや白人男性を主人公とした映画がたくさん作られているけれど、それはアメリカ社会の真の姿を映したものではない。今も昔もアメリカは、白人が人口の圧倒的な割合を占める国ではないからね。でも文化が真実を反映するとは限らないんだ」とキム監督は強調する。惰性に流されるでもなく、アジア人のエクスプロイテーション映画でも典型的なアジア的な映画でもなく、彼が作り出したのはデヴィッド・リンチを彷彿とさせる人間の深層心理を描いた映画だ。「僕は興味深いキャラクターや、彼らの心の葛藤を描いた映画が好きでね。形式にとらわれない実験的な映画を作りたいと思っていたんだ。」キム監督のチャレンジ精神があるからこそ、この映画には発見がある。そして世界はチャレンジなくしては広がって行かない。

 

「これはアジア系アメリカ人が出演している無名の監督が作った映画さ」とキム監督は謙遜する。しかし革命は誰も知らないところで始まるものだ。この映画は、アジア人やアジア系アメリカ人の存在を世間に知らしめるような赤らさまなメッセージはない。それでも今まで見たことのない新しさに満ち、変化の風がすぐそこまで来ていることを感じさせてくれる。「歪んだ社会を変えるためにはアクションを起こし続けなくてはいけない。それは芸術家や記者、メディアの義務。それにどんな映画を作るのか決める人や、映画に資金提供する人たちも同じ。キャスティングをやっている人や映画に関わるすべての人たちの役目なんだ。そしてもちろん観客もね。」

 

 

(岡本太陽)

第38回アジアン・アメリカン国際映画祭 公式ウェブサイト

SOMEONE ELSE trailer 1/26/15 from Nelson Kim on Vimeo.