Interview

 
 
Place: New York

たとえ肉体が滅びても

Sakura Ando
アートカテゴリ:  Film, Movie

毎年7月に新作日本映画を上映する日本映画祭ジャパン・カッツ!が、今年もニューヨークのジャパン・ソサエティで開催された。この映画祭には、日本から映画監督や俳優ら、華やかなゲストが訪れ、夏の最中のニューヨークを日本色に染めてくれる。そして今年、主演作『百円の恋』と『白河夜船』の上映のため駆けつけた女優・安藤サクラが、素晴らしい演技を称えられ、カット・アバーヴ賞を受賞した。

 

2009年公開の『愛のむきだし』あたりから女優として注目を集め、日本映画界で独特の存在感を確立してきた安藤サクラ。昨年は彼女にとって飛躍の年だった。同じ年に日本公開された主演作『0.5ミリ』と『百円の恋』の演技で、日本における数々の女優賞に輝いたのだ。映画の中に安藤サクラがいると、不思議と安心する。それはきっと、どんな役をやっても不自然さがないだけでなく、心を動かす熱いものが伝わってくるからだろう。

 

“役になりきる”というよりも、役の設定という枠の中で体と魂を解放してくる安藤。仕事へのただならぬ覚悟と表現への喜びを、その姿は映し出す。以前彼女の姉で映画監督の安藤桃子は「サクラは生まれたときから私のミューズだった」と語っていた。この世での彼女なりの役割に向き合う姿勢を見ていると、その意味のひとカケラが掴めるような気がする。

 

 

COOLはニューヨークを訪れた女優・安藤サクラにインタビューを行った。

 

 

”ブレた状態の私がお芝居をするのは納得いかないんです”

 

『愛のむきだし』あたりから女優としてかなり注目されるようになられたと思いますが、ここ数年の活動を振り返ってみていかがですか?

女優さんには4歳くらいのときになろうと思っていたんですけど、そのときなろうと思っていたのは、いわゆる“女優”というものではなかったんです。みんなが知っているような芸能人的な女優には憧れはなくて。肉体とか魂とかを使って表現したいと思っていました。子供の頃にそう思っていたものの、周りに理解してもらうのは簡単ではなくて。でも『愛のむきだし』あたりから、「こうゆう女優さんになりたかったんだね」と理解してもらえるようなお仕事をたくさんさせていただけたように思います。そして去年、今年で、自分が子供の頃に思い描いていたことが少し形になった気がしています 。

 

映画デビューは2007年くらいですが、それまでに、子供の頃に一度女優になりたいと思われて、その気持ちを封印して、また新たに女優を目指すという経緯があられますが、その間の気持ちの変化はどういうものでしたか?

4歳くらいのときに「女優さんになりたい」と言ったものの、私がなりたいものと周りが想像しているものの間にギャップがありました。周りはどうしてもメディアによく出ている女優さんを想像してしまいますから、高校卒業するくらいまで内緒にしていたんです。そして、ずっと秘めていたことをそのときにカミングアウトしました。高校卒業するときに、将来何をやりたいのか言わなければいけなくて、そのときに初めてはっきり自分の想いを言葉にしました。

 

『0.5ミリ』と『百円の恋』で、日本でたくさんの主演女優賞を受賞されましたが、2つはサクラさんにとってどういう作品になりましたか?

その2つに出るまでは、おそらく映画好きの方々が私のことを知って下さっているだけだったんですけど、『0.5ミリ』と『百円の恋』のおかげで、私が出ている映画を観て下さる人が増えた気がします。その2つに出演したからこそ、自分がなりたかった女優になれたとも思っています。というのも、やはり作品を観て下さる人がいない限り、私の思い描いていたものはちゃんと形にはならないんです。また、この2つを通して、このジャパン・カッツ!のような海外の映画祭のQ&Aなどで、映画を観て下さった人と直接触れ合える機会ができて、貴重な時間を過ごさせていただきました。映画を観た人と映画に出ている人で交流ができる機会はあまりないからこそ、そういう機会があって良かったなって。これから映画を作っていく上でもすごく良い経験になりました。

 

お姉さんの桃子さんが、サクラさんは「戦争とか体験したことがないけれども、体験したことがないことでも、自分の人生に重ね合わせることができる子」と言われていました。今回ジャパン・カッツ!で上映される『百円の恋』の一子と、『白河夜船』の寺子のことは演じるにあたってどのように理解されましたか?

『百円の恋』では、体重を増やしたり落としたりさせて、肉体を変化させていかなくてはいけなかったんですね。それに加えてボクシングも特訓しました。そうやって私自身がボクシングを練習することによって、一子のことが理解できた部分が結構大きくて。肉体を変化させることは、やはり役を理解する上で有効な手段なんだなと思いました。『白河夜船』は、『百円の恋』の撮影の直後に撮りました。その頃の私は、肉体的にも精神的にも疲れ果てていて、寺子のように「もう動きたいない」という状態だったんです。私はたずさわる映画や役と出会うタイミングを信じているんですけど、本当にくたびれて眠っていたいという頃に『白河夜船』の撮影があったので、私自身の状況と役がシンクロしていたんです。

 

これまでのやられてきた役が個性的だったため、“安藤サクラはそういう役をやる女優”という風に見られてしまうので葛藤があったという記事を読みましたが…

記事になってしまうと断定されてしまうことが多いんですけど、実はそういう役をやっているからこそ、自分が小さい頃からやりたかったことが理解されることもあるんです。変な役をただ選んでいるわけではなくて、自由に演じたい役を選んでいるだけなんですよ。だから葛藤はないですね。すごく普通の役もあるんですよ。だから決して私が選ぶ役が個性的なのではなく、そう見えてしまう環境にいるのかなと思います。ただ、変わった役が多いと言われるのも完全に否定はしません。実際にそういう風に見られているわけですから。

 

映画に出ているサクラさんを見ていると、葛藤というよりはむしろ楽しそうに見えます。

うん、楽しい。

 

その楽しさの源は?

役柄も作品も自分より遥かに長く残るので、自分をどれだけ捧げても良いということがまず大前提にあります。長く生きられるかどうかなんて正直大した問題じゃないと思っているので、それが楽しんで見える理由かもしれません。

 

演技も生き物だと思いますが、楽しむことができなくなったときは?

楽しめなくなってもお仕事はやるべきだと思うんですけど、もし楽しめなくなりそうなときは、休んでるんだと思います。実は私、この1年お芝居はやっていないんです。それはお芝居にではなくて、自分のことがつまらなく感じてしまったからなんです。だから基本的には楽しみたいんだと思います。でもそうなると、仕事じゃないなと思ってしまうんですよ。「楽しんでるだけじゃん」と思われるでしょうし。ただお芝居は、人と真摯に向き合わなくてはいけないものだから、真摯になれない状態ではブレてしまうと思うんですよ。さっきの話の続きになるんですが、自分よりもこの世に長く残っていく作品ですし、役柄です。私の肉体が無くなってもそれらは絶対に残ります。だからブレた状態の私がお芝居をするのは納得いかないんです。普通に生活していると、どこか限界が見えてしまいますよね。でも全部を捧げると思うと、限界がなくなってどこまででもチャレンジできたりするじゃないですか。

 

 

テキスト&インタビュー by 岡本太陽

©2014 東映ビデオ

©2015 よしもとばなな/『白河夜船』製作実行委員会

 

ジャパン・ソサエティ オフィシャル・ウェブサイト