Interview

 
 
Place: New York

浮遊する家族

Hirokazu Kore-eda
アートカテゴリ:  Film, Movie

今日、家族は社会にまるでバラバラの点であるかのように存在している。それは80年代よりコミュニティが解体し、個人主義が加速した足あと。ハリウッドリメイクも決定した、是枝裕和監督のカンヌ国際映画祭・審査員賞受賞作品『そして父になる』は、過去に実際に起きた「赤ちゃん取り違え事件」をもとに、家族とは、血のつながりとはという普遍的な問いを投げかける。主人公・良多(福山雅治)は、大手建設会社に務めるエリート会社員。全ては彼の思うままに向っていると思われたある日、六年の歳月を共に過ごして来た息子が我が子ではないことを知る。家族とは何かを問う一方で、この物語は仕事に忙殺され子育てを妻任せにしていた良多の、父親として成長する姿を丁寧に描き出していく。家族の孤立化が進み、父親像を身近に感じられないこの殺伐とした社会で、何をもって、また何を経て男は父性に目覚めるのか。居心地の良さを求めた結果の家族の孤立化はこれからもきっと進んで行くに違いない。是枝氏の社会への危機感が心に静かに打ち寄せる。

 

 

COOLは第51回ニューヨーク映画祭に招待された是枝裕和監督にインタビューを行った。

ドリームワークスが『そして父になる』のリメイク権を獲得しましたね。決め手は何だったのでしょうか?

どうなんでしょう、僕自身では分からないです。『誰も知らない』はイギリスでリメイクが進んでいるんですけど、北米でリメイクの契約が結ばれたのは『ワンダフルライフ』と『そして父になる』です。結果を見ると、僕の作品の中でもストーリーラインのしっかりしたものが北米で選ばれている気がします。

 

作品のタイトルに“そして”が付いた理由を教えて下さい。

それを付けたのは実はプロデューサーなんです。僕は自分の子供が生まれた時に、妻に対して「これまでとは違う生き物に変わった」と感じました。全ての母親がそうだとは限らないでしょうが、母親はきっと子供が生まれた瞬間に母親になるんですよ。それに対し父親の場合は、子供が生まれた瞬間ではなく、何らかのプロセスを経て父親になるものなのではないか、というのが実感です。この映画は父親が成長する物語なので、タイトルに“そして”が付いていることは、非常に重要であり的確なんです。

 

福山雅治さんもリリー・フランキーさんも、俳優が本業ではない方々ですが、彼らが現場にもたらす独特のエネルギーはあったのでしょうか?

きっともう彼らは役者なんじゃないでしょうか。役者じゃない人を選んでキャスティングしようとしたわけではないんです。僕の中では、他の役者さんたちとも区別は付けていませんでした。例えば、リリーさんが元々はイラストレーターだから、他の俳優さんたちと役者として何か違うかと言えば、そんなこともなかったです。

 

良多の妻のみどりは、夫よりも子供と接している時間が長かったにも関わらず、夫の決断にはほとんど口を挟みません。彼女は、日本的な良妻賢母の象徴のようなキャラクターでしたが、ニューヨーク映画祭の試写では「どうして彼女は夫の言いなりになっているのだろう」と、不思議に思っている外国記者の方がいました。みどりについてお話していただけますか?

まずあのタイプの男性が最終的にどういう人を妻にするのかを考えたときに、基本的に自分の判断や決断に従ってくれる半歩下がった女性を選ぶに違いないと思いました。そういう女性を選ばない可能性ももちろんあるでしょうが、あの夫婦の形は有り得ると思います。その半歩下がっていた妻が、後に夫の決定に反抗していくと面白いだろうと思ったんです。力関係で言うと、最初は夫の方が強いのですが、あの事件とそこから生まれてくるある種の憎しみみたいなものが、その力関係を逆転させて行くという展開を作りたかったので、半歩下がった妻像にしました。

 

子供に選択する機会を与えなかったのはどうしてですか?

僕もそれは考えました。でも5歳、6歳はなかなか説明して理解出来る年齢ではないんですよ。もう少し年上の子供たちだった場合、「お前はどうしたい?」と聞いたと思うのですが、なぜそれをやらなかったというと、実際に起きた事件を調べると、親が決定してたケースがほとんどだったんです。それに、5、6歳の子供たちにオーディションで会ってみると、僕が想像していた以上に子供たちは幼かったので、どうしたいのか子供に選択させる方が残酷だと感じました。きっと年齢や把握の仕方で親の対応が変わって来ると思います。もしこの物語が9歳や10歳の子供たちを巡るものであれば、子供に説明して、彼らの意思を反映させたものにしたと思います。

 

映画の中のディテールに関して、是枝さんのご両親やお子さんにインスパイアされた部分はあったのでしょうか?

細かいエピソードを含めて、今回は自分と自分の娘との関係を織り込んでいます。映画の中で、良多がカメラの中に子供が撮った自分の写真を発見するシーンがありますよね。あれは僕が仕事をしているときに携帯を見ていたら自分の寝顔が撮られていて、ドキッとした経験を少しシチュエーションを変えて使っています。父の日にもらった花を失くして、ソファの隙間からそれが出て来たのも実話です。すごく後ろめたくて花を探したんですけど、出て来なかったんですよね。

 

是枝さんは過去にも家族にまつわる作品を発表されてらっしゃいますが、ご自身にとって家族を描くというのはどういう意味がありますか?

意味はあんまり考えないですね。でも家族は、奥が深いなと思います。自分も現在家族を持っているので、自分の家族のことを考えながら撮っていることもあります。もし意味を付けるならいくらでも付けることは出来るんですが、今は意味付けをせず、過去の作品同様ディテールをどういう風に作っていくかというところに興味があります。

 

是枝さんの映画は、例えば小津安二郎作品のように物語としてどうやって展開して行くかというよりも、一時一時に何が起こっているかを丁寧に描いてらっしゃると思うんですが、今回は過去の作品と違った点はありましたか?

『誰も知らない』にしろ『歩いても歩いても』にしろ『奇跡』にしろ、物語よりも描写を優先するという価値観で作品を作って来たんですが、今回の作品は比較的物語に重点を置いているんです。それでももちろんディテールを見て頂いても良いと思います。というのも、こういったセンセーショナルな物語を語る上で一番大事なのは、ディテールを蔑ろにしないということなんです。そうでないと物語だけにみんなが前のめりになって、「じゃあどっちを選ぶの?」っていうことにしか意識が行かなくなるんですよね。それを食い止めるためには、2組の家族のディテールを丁寧に描く必要がありました。また、ディテールを描くに当たって、描写されるディテールを物語に回収する作業が大切で、描写されるエピソードが孤立化しないよう心掛けました。

 

人口の森のシーンに関してなんですが、「蝉が森で羽化するまでに15年掛かりました」という台詞があったり、良多が蝉の抜け殻を持っていたり、あのシーンは他とは違い非常に比喩的なシーンでしたね。

実際にある建設会社の雑木林を取材したときに、担当者から聞いた話がすごく面白くて、それをほとんどそのまま使わせていただきました。出て来ている言葉は比喩的ですが、蝉がどっちの子供を指しているのか、実はそんなに明確ではないんですよ。雑木林に関しても、何を人口であると考えるかや、15年という時間に関しても結構曖昧で、そこが面白い思いました。あのエピソードを把握して、主人公は一体どう進んで行くのか、みんなで一緒に考えざるを得ないんですよ。あのエピソードが明快に主人公の行動を決めるようなものであったら逆につまらないなと思ったんです。そういう曖昧で興味をそそられる所が気に入っています。

 

80年代以降徐々にコミュニティが解体され、個人主義の傾向が色濃く見える社会になりました。そしてそれがこの映画の中の家族のあり方にも影響していると思うのですが、是枝さんの現代の家族観とは?

社会の存在しない都市に、家族がバラバラに浮遊している印象を受けます。都市生活をするにあたって、家族や地域社会がそれを求めている部分もあると思うんですよ。東京では特に、家族が地域社会や非常に狭い範囲の隣近所というコミュニティからも切り離されている。でもそれは地方都市にも同様の傾向が見られるようになってきています。子育てに関しては、家族だけで責任を負うというような傾向は進んでいます。「家族」と「他人」という二極化が進んでいるため、社会というものが感じられなくなっているんですよね。それに気付いて、地域社会を再構築しようとする動きも出て来ているので、みんなこのままだと危険だということに気付き始めている気がします。

 

 

text & portrait photos by 岡本太陽

 

そして父になる』は、1月17日(金)よりニューヨークで公開

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