Interview

 
 
Place: New York

同じ空の下に…

Yukihiro Toda
アートカテゴリ:  Film

現在日本には、348万人の在宅身体障害者がいると言われている。それほどの在宅身体障害者がいるにも関わらず、彼らを日常で目にすることはほとんどない。今年のゆうばりファンタスティック国際映画祭のファンタスティック・オフシアター部門でグランプリとシネガー・アワードをダブル受賞、またニューヨークのジャパン・ソサエティ主催のジャパン・カッツ!で披露された戸田幸宏監督映画『暗闇から手をのばせ』は、身体障害者の性に焦点を当て、私たちと同じ空の下にいるはずの、見えない存在を映し出す。

 

物語は、沙織(小泉麻耶)が、津田(津田寛治)の経営する在宅身体障害者相手の風俗店ハニー・リップでデリヘルを始めるところから始まる。身体障害者相手なら、然程身の危険を意識すること無く簡単に金が稼げるのではないか、彼女は初めそんな軽い気持ちだった。しかし派遣先で、全身入れ墨の入った進行性筋ジストロフィー患者、自らの障害を利用し、言葉巧みに「本番」を要求する先天性多発性間接拘縮症の男、バイク事故で脊髄を損傷し身体の自由を奪われた少年と出会い、彼らと心を通わせるうちに、沙織と彼らとの間にあった境界が徐々にぼんやり霞んでゆく。

 

例えば個人主義が尊重されているアメリカでは、ごく自然に障害を抱える人を街やメディアで目にする。ところが大多数とは違うものを排除する傾向にある日本では、身体障害者はやはり隅に追いやられてしまうのが現状だ。そこで、戸田監督が本作で浮き彫りにするのは、身体障害者と社会の間にある壁。また、その壁の陰に隠れてひっそりと息をしている存在たちの、皆と何も変わらない人間らしさを見せつける。日本という国を象徴するような問題点と、日本の未来に託したオプティミズムが踊る、映画『暗闇から手をのばせ』。果たして障害を抱える者たちは、日本という国で、皆と世界を共有することが出来るのだろうか?

 

 

COOLはジャパン・ソサエティで監督・戸田幸宏氏と『暗闇から手をのばせ』について語った。

身体的な障害を持つ方々の状況はどのようにリサーチされたのでしょうか?

まず、障害者専門の風俗店を経営されてらっしゃる方に、数回に渡り取材をしていました。彼は大阪にいて、映画と同じように、障害者の方々に風俗嬢を派遣しています。元々は彼を主人公にしたドキュメンタリー番組を作るはずだったんですが、それがうまく行かなかったので、フィクション映画を撮るという方向に転換しました。更に、映画に出て来るような、筋ジストロフィーという難病を抱える方や、脊髄損傷で下半身が動かなくなってしまった方など、何人かの身体的な障害を持つ男性に取材をしたり、映画の撮影現場に立ち会って頂いたり、編集途中のものを見て頂いて、感想を求めたりもしました。

 

障害を持つ人専用のデリヘル譲の方々にも取材はなされたのでしょうか?

働いてらっしゃる女性にもかなりリサーチをしましたし、障害者専門ではない風俗嬢の方々にもリサーチをしました。そこで、実際にあったエピソードを聞いたり、こういうときにはこういうことをやるというようなことを細かく聞いて、それを映画に活かしました。

 

沙織が仕事中に客と親密な会話をするのがとても印象的でした。彼女に障害を持つ方々とそのようにコミュニケーションを取らせた理由は何だったのでしょうか?

これはおそらく日本独特のものなのかもしれないのですが、障害者を専門としない風俗譲の方々も、わりとコミュニケーションを重視するケースが多く、客は肉体的なもの以上に、精神的なものの充足感を求めているところがあるんです。それはどの風俗譲に聞いても、客と会話をして、楽しい気持ちになってもらうという部分を重要視しているようです。障害者専門の風俗店でも同じ話を聞いたので、映画でもその要素は反映させました。1つの部屋に入ったら、ある種恋人のような関係を擬似的に作ることが、サービスの1つになっていることを描いています。

 

映画の中に、「日本は障害者にとって住みにくい」という台詞があったのですが、どういう風に住みにくいのかを教えて頂けますか?

ヨーロッパやアメリカではバリアフリー化がより進んでいるのではないかと思います。日本の場合は、映画の中でも描いている通り、ちょっとしたところに段差があったり、例えば車椅子で生活しようとしても、大変不便に出来ていているんです。映画に出演している障害者のホーキング青山さんも、そのことをおっしゃっていましたし、ほとんどの障害者の方も同じ意見です。今は電車の駅のプラットホームに、人が転落しないように、ホームドアというものを少しずつ付け始めてるんですが、まだあまり進んでいなくて、今でもプラットホームから転落して亡くなったりする方がいらっしゃいます。体の不自由な方だけではなくて、視覚や聴覚が不自由な方々にとっても、日本はとても不便に出来ています。それは日本という社会自体が、障害者というものを、見ようとしていないからだと思うんですね。「348万人障害者がいるけれども、世の中で全く見かけないのはどうしてだと思う?みんな家の中でじっとしてるんだよ」と、それを意図的に台詞の中で説明的に語らせてますし、実際にそれは現実だと思います。

 

沙織は身体障害者に彼女の何を投影していたのでしょうか?

映画では沙織の人物背景を全く説明しませんが、彼女は何かしらの理由があって風俗の仕事をしていて、彼女なりの暗闇の中、または絶望の中にいるという設定なんですね。彼女はお金のために生きているし、何も希望を見出せずにいる中で、障害者の方々と接することになる。でも、彼らは自分と同じように絶望せざるを得ない環境にあるにも関わらず、希望の光のような何かを頼りにして生き延びようとしている。そこに彼女は影響を受けて、希望を見出すには難しい人生を送っているけれども、何とか生き延びようと思い始めるんですね。それは彼女が、自分の人生と障害者の人生をシンクロさせたからだと思っています。

 

映画の中に象徴的に空の映像が度々出て来ます。なぜですか?

そうですね。日々の暮らしの中で、困難にぶつかって絶望したり、もう生きることが嫌になるようなことがありますよね。でも朝日はまた昇って新しい一日が始まる。絶望的なことがあったとしても空は変わらないし、海も変わらない。自然と人間のドロドロした部分を対比させるために、所々に空の映像を散りばめています。

 

戸田さんは障害者専門の風俗というものを、元々はNHKのドキュメンタリー番組用に企画されていたそうですが、それが実行に移せなかった理由は何だったのですか?

NHKはやはり公共放送なので、何にも肩入れしないというスタンスで番組編成するんですね。私が番組の企画を提案したところ、障害者の性を扱うのは良いけれど、風俗業というものをある種、賞賛しているように視聴者には見えてしまうのではないかと。もちろん風俗業は、ちゃんと法律に則って営業している方々が圧倒的多数なのですが、そうではないアンダーグランドの世界で営業している人たちもいる。非常に曖昧な部分のある業界ではあるんです。そこで、彼らを公共放送で放送してしまうと、例え賞賛する意図はなくとも賞賛しているように見えてしまう。それは公共放送としては良くないのではないか、ということが理由です。

 

そもそも障害者相手の風俗を経営されている方に興味を持たれた理由は何だったのですか?

普段ドキュメンタリーを作っているので、いろんな人生を歩んでらっしゃる方々に興味はもちろんあるんですね。津田というキャラクターのモデルになった人はとても面白くて、実は昼間は障害者を支援する施設で働いている、いわゆる福祉職員の方なんです。でも難病を抱える人たちは、ある日突然亡くなったりするんです。そこで彼は「あいつは女性と付き合ったことは全くないけど、人生楽しく生きることは出来たんだろうか?」と疑問を持ったそうです。そうして障害者が女性と触れ合える場所を作るために、昼は障害者支援の福祉職員で、夜は障害者専門の風俗業をやって24時間働いている。すごく批判は浴びているんですが、障害者の方々に性的なサービスをする、あるいは女性と触れ合う機会を提供して行きたいんだ、という信念を貫いています。彼自身の持つ個性に強く惹き付けられ、彼はどうしても描きたい人物でしたが、フィクションで映画として描くと、どうしても超人のような真実味のない印象を与えてしまうんですよ。なので、映画では子悪党みたいな人として描いているんですが、本人の方が寧ろ映画よりも映画的です。

 

社会の陰で生きているような人々を描くことは、戸田さんにとってどういう意味がありますか?

日本の社会は、見えないものに対して数にカウントしないという側面がやはりあると思うんです。例えば原子力発電所の事故があって、被爆した人がいたり、酷い労働環境の中で仕事をしている人たちがいたとしても、それを見ないことにしてしまうんです。そういうところを僕は問題視していて、日常生活を送る中で目に見えないような人を描けるのが映画だと僕は思っています。例えば映画を2種類に分けるとするならば、現実を見せつけて目を見開かせるようなものと、夢を見せてくれるものがあると思います。日本の映画界は今、後者ばかりだと思うんですよ。だから現実にはこういう人たちがいて、社会一般には届いてないない声があるんだということを、映画という媒体を使ってもっと伝えていきたいと思っています。今回もそのことを意識して映画を作りました。

 

今回『暗闇から手をのばせ』を監督されて、悟ったこととは?

障害を持つ方々の苦しみとか、あるいは声なき声みたいなものを掬い上げて描きたくて、勉強していたつもりではいたんですが、観た人からの感想を聞くとまだ理解が足りてなかった部分なども分かったりしました。あるとき、体が不自由になってしまった息子さんを持つお母さんからお話を伺う機会がありまして、障害者の性の問題は本当に世の中に出て来ていないことを聞きました。例えば障害者の息子の性欲を処理するために、お母さんが手伝ってあげたりとか、それは結構日常茶飯事あるという話をされたりして。そこまでヘビーな内容には今回出来なかったし、まだ描けていないことはたくさんあります。こういう映画を入り口に、こういう世界があるんだとか、障害者の中にもこういう面白い人がいるんだとか、自分たちと同じような感じなんだとかという風に、障害者というものを一度も考えたことがない人の意識が変わってくれれば嬉しいなと思います。

 

今回意識された映画などはありますか?

社会に馴染めない青年と脳性麻痺の女性との恋愛を描いた韓国人監督イ・チャンドンの『オアシス』という作品をスタッフ全員に見せました。障害者の方と我々は、同じレベルで語られるべきだと意識をまず変えたいと思ったんです。あとは、変わったところでは『タクシー・ドライバー』も参考にしました。あの映画のように、いろんな人にちょっとずつ出会うことで、主人公が変わっていくというようなという要素も意識しました。

 

今回、ニューヨークで映画を上映するに当たっての想いは?

やっぱりニューヨークの観客は相当厳しいだろうと予想していますし、彼らが一体どういう反応を示すのかを見たいと思ってました。また、日本の社会の問題点を描いたという点で、特にニューヨークのような、先鋭的な方々が集まっている場所で、どうそれが見られるのかというのをこの目で確かめたかったんです。とても得難い経験が出来るんじゃないかと思いました。それと、別に皆がみんな拍手してくれなくても、どこがダメだったのかとか、どこが気に入らなかったのかということを、少しでも聞けたら良いなと。それは次の作品のためにもと思ってます。

 

 

text & portrait photos by 岡本太陽

still photos by 戸田幸宏事務所


ジャパン・ソサエティ ウェブサイト

『暗闇から手をのばせ』公式ウェブサイト