Interview

 
 
Place: New York

危機感とタブー

Junichi Inoue
アートカテゴリ:  Film

2013年のジャパン・カッツ!で上映された、井上淳一初監督映画『戦争と一人の女』は、現代の日本映画でタブーとされている描写に満ちている。江口のり子扮する不感症の元娼婦の「女」は、「私、戦争が好き」と言い、永瀬正敏扮する作家の野村は、「戦争が終わるまで、やりまくろうか」と言う。また、村上淳扮する戦地で右手を失った帰還兵の大平は、戦争によるトラウマから、女性を強姦殺人する。戦争によって自暴自棄になった人間の絶望や切なさが美しく描かれると同時に、戦争がまるで、間接的に我々の精神に迫撃を加えてくるかのようだ。

 

本作は坂口安吾の短編小説を基に脚本が書かれた。ところが原作には、実在の強姦殺人犯をモデルとした大平は存在せず、日本は戦争に負けると信じている女と野村が出会い、同棲をし、伴に退廃的な生活を送るというものだった。映画は、そこにあえて大平を加え、オリジナルな作風へと昇華し、戦争には二次被害があるという現実を強く訴える。爆撃で吹き飛ばされたり、戦火に焼かれて死ぬことだけが戦争ではないのだ。

 

映画の中で、まるで夢物語のように終わる戦争。しかしその残酷さは、ごく普通の生活の中を這い続ける。それこそが井上氏がタブーに挑戦した大きな理由の1つだ。例えば今日、イラク戦争に行った米国軍の兵士が、社会復帰出来ずホームレス化する現象も起こっている。戦争は人の精神を蝕み、その余韻はずっと体の中で鳴り止まない。井上氏は、この映画を通して、日本人の記憶から消えようとしている戦争を、恐怖とエロスの中でじっくりと描いてゆく。そして我々は気付くのだ、彼が映画に佇ませたタブーは、平和慣れした日本社会への危機感であることを。

 

 

COOLは、ジャパン・カッツ!開催中に、『戦争と一人の女』の上映前に、ニューヨークを訪れた井上淳一監督に、ジャパン・ソサエティでインタビューを行った。

この作品は戦争を扱っていますが、戦争というテーマに惹き付けられた理由は何だったのですか?

9/11には非常に大きな影響を受けました。力の行使とは、報復の連鎖とは、ということを考えたときに、日本とアメリカとの関係や昨今の日本とアジアとの関係を見ていれば分かるけれど、戦争というものについてもう一度深く考えなくてはいけないのではないかと感じました。毎年8月15日になると、戦争もののテレビドラマなんかが作られますが、現在「戦争」という席が日本映画界では空いています。例えば30年前までは日本映画で常に語られていたこと、この映画で言えば自虐史観というアジアで忌み嫌われること、もう1つは戦争責任の問題ですよね。そういうところをちゃんと見つめてみたいなと思いました。

 

企画の発端を教えて下さい。

元々はピンク映画を偏愛している、この映画の統括プロデューサーの寺脇研が、ピンク映画を作りたい、ただ現代ではなく、戦時中の物語をやりたいと言ったのが発端なんです。太平洋戦争当時はPTSD(心的外傷後ストレス障害)という言葉はなかったけれど、アメリカ映画で描かれるベトナム戦争やイラク戦争を体験した人のPTSDを扱ったような作品を、太平洋戦争下の日本でやりたいと。

 

この映画は坂口安吾の小説をベースにしていますが、村上淳さん演じる大平という役は小説の中にはいませんよね。主要人物に彼を加えて、あえてオリジナル風にした理由は?

これは脚本家のアイデアで、大平は小平義雄という人をモデルにしています。実際に戦中戦後で分かっているだけで、彼は7人の女性を強姦殺人したんです。その人が隣に住んでいたらどうなるんだ、そしたら長屋に隣同士に住んでいる戦争ものの物語が書けるんじゃないかと思ったんです。僕は、男と女のメンタリティが分からないので、いろんな戦争文学を読んでいるうちに坂口安吾の作品に出会いました。なので、実は大平の話が先にあったんです。ただ坂口安吾の原作はインパクトが非常に強かったので、普通ならそこに大平の話を加えるということは止めるんですけど、それでもやった一番大きな理由は、江口のり子さん演じる女は「戦争が好き」、また空襲を見ながら「もっと燃えろ」って言いますよね。でも彼女が燃えろという先では、人がたくさん死んでいるわけじゃないですか。でも予算がないから空襲の最中、爆弾で吹っ飛ばされて粉々になる人や、煙に巻かれて窒息死してしまう人は描けないんですよ。しかし、戦争で壊れてしまった大平にレイプされる戦争の二次被害者の女性たちをちゃんと描くことで、戦争という具体が見えるのではと思ったんです。広島の原爆で30万人が死んだとか、東京大空襲10万とか、今でもシリアの内戦で10万超えたとか、我々はどうも数値で捉えてしまう傾向にあるけれど、戦争による被害者にも、我々と同じように日常があるんだ、ということを大平を通して出来るのではと思いました。そういう意味では大平は、原作の観念性を具体的に保管する役割だと思います。

 

例えば大平が女性を殺しながら射精したり、女が言う「私戦争が好き」とか、現代でタブー視されるような表現があるんですが、そこを避けずに行きたい気持ちと、でも「それはやめた方が良いんじゃないか」というような周りとの葛藤はあったのですか?

寺脇がこの映画を作る時に最初に、「観たい映画がないから、自分たちの金で観たい映画を作るんだ」と言ったんですよ。僕も、「表現したいことが出来ないから、自分の金で表現したいものを作る」と言いました。なので、この映画に関しては見事に意思統一が出来ていたんです。スタッフも役者も、思想的なことはともかく、日本映画に対する不満はみんな一緒だったんですよ。永瀬さんは、政治のことは言わないけれど、「光を描くなら闇を描かないといけない。今の日本映画には闇が足りないから僕はこういう映画をやりたかった」と言ってくれたんです。だから役者陣からも「こういうことは言えない」という意見もなかったです。見事なチームでした。

 

江口さん演じる「女」のことをお聞きします。彼女はすごく絶望しているけれど、どこかで生きる希望を探しているような印象を受けました。そこが絶望に飲み込まれてしまった野村と大平とは違うクオリティのような気がします。彼女のメンタリティを少し詳しく教えて下さい。

やっぱり彼女は、人に対して何の期待もしていないと思うんです。でも例えば僕は9/11後、アメリカなんて二度と行かないぞと言いながら、どこかでハリウッド映画の中にアメリカへの希望や良心を見ようとしていたところがありました。彼女は期待していないと言いながらも、どこかで何かを待っている。そこでたまたま戦争で死ぬかもしれないという状況に陥るんです。それは明らかに自分の実体験に伴った絶望ではないですよね。だけど実感がないからこそ野村と暮らしてみようという気持ちが芽生えた。でも絶頂しないというのはやっぱり自らを封印しているんです。そこで戦争そのものの臭いのする大平とのセックスで絶頂してしまうんですけど。女のメンタリティかは分からないですけど、彼女はやっぱり日本の戦争の罪を背負って生きることを選んだと思うんです。彼女のことは、日本人が生きてきた過去の象徴にはしたつもりです。どうして「戦争と一人の女」という並列のタイトルにしたかというと、戦争は一人の女に匹敵するものでしかない、もしくは一人の女は戦争に匹敵するものでしかないんだという、非常に安吾らしい反語を含めたものになっているんです。だからもしかしたらメンタリティというよりは、観念に傾いているのかもしれないですが、江口さんが硬質な芝居で彼女を表現してくれたと思います。

 

私は少し笑いの要素も見えてしまうんですね。恐怖とエロスとちょっとした笑いというのはピンク映画で経験を積まれたのが影響していると思いますか?

それは坂口安吾だと思いますね。彼はよく「明るいニヒリズム」と言われています。その要素を脚本が消化しているし、役者が評価している。僕は本当に監督としての経験はないので、ちゃんと原作や脚本に書かれていることに忠実にやろうとしました。

 

自暴自棄になる感じ、絶望感、また戦争責任がうやむやになる様子というのは、3/11をどうしても連想してしまいます。それは意識されましたか?

ものすごく意識しましたね。でも意識したというよりは、3/11が起こったとき、これからものを書くときに、3/11を意識せずにものなんか作れないだろうと思ったんですよ。戦争と3/11を一緒にするのは3/11で被災された方に対して失礼かもしれないけれど、僕は構造が似ていると思っています。小出裕章さんという、今は反原発になった原子物理学者が言っているんですが、「原発と戦争は似ている」と。原発は、経済発展などを理由に、みんなが無自覚に望んだんですよね 。そうやってなんとなく始まってしまうんですけど、いざ問題が起こると誰も責任を取らない。さらに言えばみんなすぐに忘れてしまう。要するに時間と空間が全部繋がっている。そして問題の根っこも全部繋がっているという考えを持つ必要があると思います。

 

江口さん、永瀬さん、村上さん、そして柄本さんという著名な俳優さんが出演されてますが、彼らの脚本を読んだときの反応はどういうものでしたか?

みんな良かったですね。永瀬さんは絶対にやってくれないだろうと思ってたんですけど、よくこの規模の映画でやってくれました。彼が、こういう作品は今の日本映画では脳内映画に終わってしまうんだ、と言っていました。江口さんも、この脚本に書かれていることをどれだけ忠実にやることが可能なのかと聞いてきました。とは言え、この作品を実現させるのは非常に難しいと。女の中で、絶望と希望が交互する。野村に関しては、女に浮気して良いと言いながら嫉妬する。そのように、一行一行感情が変る。そういうことを描いている本はなかなかないんじゃないか、だから面白いけれど非常に難しい、というのがみんなの反応だったと思います。

 

映画の中に衝撃的なレイプシーンがありますが、女性の反応はいかがでしたか?

レイプに関しては、やらなくてはいけないと思ったんですよ。これはレイプシーンが酷いのではなく、レイプが酷いんだと。特殊メイクが出来なかったので、映画ではやってませんが、本来なら殴られて顔が腫れ上がって目が塞がっているはずなんですよ。女は戦争を飲み込むとは言え、レイプで絶頂するわけじゃないですか。それを成立させるためには、あれだけのレイプシーンが必要だったと思っています。よく映画でこういうことをやると真似する奴が出るみたいなことを言われますが、そうじゃなくて真似させないくらいのものを描きたかったんです。

 

日本は右傾化しているという意見をときどき耳にするんですが、井上さんは今の日本をどのように見てらっしゃいますか?

とても危ういと感じてます。僕も右傾化してきているとは思ってましたけど、日本で外国人記者クラブ相手に、僕と江口さんと永瀬さんで会見を開いたときに、「こういう映画に出て今後の役者人生を脅かすことには思わないですか」とアメリカの記者の方が言ったんです。そう言われて僕は「自分が思ってるんだから、外国の人がそう思って当然だよな」って思いました。僕は、日曜日にニューヨークを経って月曜日に日本に到着するんですが、そのときにはもう参院選の結果が出ているんですよ。アメリカに押し付けられた憲法を変えると。自民党だって昔は戦争体験者がいて、「そんなことはいくらなんでも」と言えたことが、全部まかり通って、この映画をやっているときに丁度橋下徹という大阪市長が沖縄で従軍慰安婦は必要だったんだと言ったんですよ。以前だったら一瞬でクビが飛んでしまうことが、それが良い悪いは別として、そういうことがまかり通っているというのは非常に危険な状況だと思います。よく戦争するのは簡単だと言いますよね。危機を煽って、戦争に慎重な奴にお前は愛国心がないと言えば良いだけだと。戦争を避けるということはとても重要なことなのに、中国との領土問題だったり、韓国との領土問題にせよ、煽る訳ですよ。これは非常にやばい。

 

井上さんは、若松孝二監督のお弟子さんということなんですが、彼に教わったことや亡くなったことへの喪失感などあればお話しして頂けますか?

僕は名古屋出身なんですけど、浪人しているときに、夏期講習をさぼって映画館に行ったときに、偶然若松さんに 会って、新幹線の入場券で着いて行ってしまったんです。僕は若松プロに大学入学してから入れて頂きました。19歳から24歳までそこにいたんですが、若松さんに映画的な技術は1つも習ってないと思うんですよ。例えばシナリオ学校なんかに行くと、何をどう書くかなんだと教わるんです。ただこういう学校では、「どう」は教えられるけど、「何を」は教えられない。でも僕は、若松プロで「どう」は教わらなかったけど、「何を」は教わった気がしますね。喪失感という意味で言えば、若松さんがやられていたように僕は地方のミニシアターを回ってるんですけど、やっぱり若松さんは全部行っているわけですよ。自分の金で映画作って、自分で映画館でパンフレット売るということを若松さんはやり続けた。やっぱりそのことを考えると心に染みますね。正直な話、やっぱりこの規模の作品って、なかなか人に届かないんですよ。だから今やっと興行的な苦労とかも含めて話せるのになって。若松さんの他にも、去年新藤兼人が亡くなり、今年大島渚が亡くなって、今日本映画界には彼らの席がぽっかり空いてしまってるんです。だから彼らがやってきたことと今の日本映画界の現状を考えると、喪失感というよりは危機感の方が強くあります。僕がそこに座れるとは到底思わないですけど、そこに座りに行かないと、いつの間にかもう席ないよってなってしまうんですよ。

 

映画に魅せられた理由は?

やっぱり世界をこんなに重層的なんだって描けることですかね。自分と同じ悩みや問題意識、または自分の知らない価値観を非常にダイレクトに伝えてくれる。普通の田舎の映画青年の目を覚まさせてくれたんですよね。ボブ・マーリーみたいに「Get up, stand up」って映画が言ったような気がしたんですよ。今思えばそれは『地獄の黙示録』だったんですけどね。こんなに何も分からないに、何なんだって心にのしかかる作品というか。今だったら分からないと悪みたいに言われますけど。

 

今回アメリカ人も『戦争と一人の女』を観ることになりますが、映画のどういうところを観て欲しいですか?

アメリカは、イラクやアフガニスタンを落とそうしてますけど、爆弾を落とす先には 一人ひとりの生活がある。あなたたちと同じように親がいて、兄弟がいて、好きな人がいる。朝飯食べて、何かに怒って、何かに泣いたりしてる命が、突然断ち切られるのが戦争なんだっていうのを見て欲しいですね。

 

 

text & portrait photos by 岡本太陽

still photos by 戦争と一人の女製作運動体


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