Interview

 
 
Place: New York

隙間を生きる

Kazuhiro Soda, Kiki Sugino, Jo Keita
アートカテゴリ:  Film

Jo Keita (左), 想田和弘 (中), 杉野希妃 (右)

どの方向に進むか、どれくらいの速度で飛ぶか、鳥たちは群れの中で常に交信をしながら飛んでいるという。もちろん、ただ流れに従うだけのものもいるだろう。それは人間も同様。未来がどうなるのかを知らないわたしたちは、他から影響を受け、意見を交わしながら生きている。迷いのある者は、大きな流れに身を委ねてしまうこともあるだろう。そしてそこで得られる安堵感から、大多数が正しいと自ら暗示を掛ける。流れからはみ出すものもいるだろう。しかし彼らには、その流れがどう動いているのか、どこに向かっているのかが、実はよく見えていたりするのだ。

 

東日本大震災の影響下にある殺伐とした東京を舞台に、さまざまな状況にある人々の姿を描く内田伸輝監督作『おだやかな日常』が、長編映画として唯一、今年のトライベッカ映画祭に日本から選出された。日本で大きな争点となっている原発問題を見ても分かるように、全員の意見を同じ方向に向かわせることは不可能であり、『おだやかな日常』はその人間の本質を克明に映し出している。

 

映画祭の真っただ中、プロデューサー兼主演の杉野希妃、サウンドデザイナーのJo Keita、そしてニューヨーク在住のドキュメンタリー作家・想田和弘が、『おだやかな日常』を軸に議論を交わした。これはその3人の表現者が、我々にどういう生き方が出来るのか、可能性を探った記録であり、彼らの社会に対するレスポンスである。

 

 

観察映画作家の視点

想田:『選挙2』というドキュメンタリーを、震災直後の川崎で撮ったんです。『選挙』と同じく候補者の山内和彦さんが、今度は無所属で脱原発を掲げて出馬して、その様子をずっと追いかけていたんですけれど、そこに、日本社会がチラチラと映り込むんですよね。日本人が、原発というものにどう反応して、また反応しなかったのか、といったことが映り込んでいたんです。『おだやかな日常』と同じことが映ってるんですよ。『おだやかな日常』はフィクションだけれど、そこに映る日本人の姿は、『選挙2』とほぼ相似形だったんです。実は『選挙2』は、2年間編集出来なかったんです。撮ったものが何を意味するのか、自分でよく分からなくて。見たものに対して自分がどういう態度を取れば良いかとか、どういう方針で編集していけば良いのかとか、さっぱり分からなくて。そして2年経って、原発推進をずっと明言している自民党が衆院選で大勝しましたよね。それを見ながら、「今あれを編集出来る!」と思ったんです。

 

杉野:じゃあ結構最近だったんですね。

 

想田:12月に編集し始めて、それ以後の作業は早かったです。2年前のものが、今の視点からだとはっきり分かるから。僕は、作品を作ることでしか自分の見たものを消化できないので、ようやくそれを消化できたんだと思うんです。そこで僕が消化したものと、『おだやかな日常』で扱っているものが、とても似ている。同じことを別の手法で描いていると思いましたね。

 

『おだやかな日常』の音

JO:サウンドデザインって、画から出ているものを演出することなんですけど、今回どういう音が震災当時にあったのか、それを表現しようとしたのは、とても重要な経験になりました。作業を始める前に、映像を見て思ったのは、日本人のメンタリティを説明する要素の1つとして、”外と内”という概念がやっぱりあると思いました。自分というものと外にあるものとの間に、壁がある。それが『おだやかな日常』の争点になっていると思ったんですね。だから登場人物が、どういう風に日常の音を聞いているかを表現したかった。その当時どんな音が流れていたか、例えば震災の次の日にスーパーの中で音楽が流れていたのか、地震が起こったときは、何が放送されていたのか、緊急地震速報が流れていたのかどうなのか、とか。実際速報を流したのは、NHKだけなんですよ。アナウンサーとかも、無機質に話すじゃないですか。そういった現実的な音を入れて、外と内というものを登場人物たちがどう体験したか、ということに気を付けて、サウンドデザインの作業を進めました。

 

想田:テレビやラジオの音とかが、全然別の部屋なんだけど、次のシーンに繋がってたりして、同時性がさりげなく表現されてたと感じました。普段はみんなそれぞれの感心で別々なことをやっているにも関わらず、地震という誰もが無視出来ないことが起こったことによって、全員の意識が同じことに向くんです。あの感覚がサウンドデザインで表現されていたように思いました。

 

海外の観客の反応

杉野:ロッテルダム国際映画祭で上映したときに、サエコの土下座のシーンで結構笑われたんです。すごく日本人ぽいって。ニューヨークでも、サエコまた笑われちゃうのかなと思ってたんですけど、そんなことなく、緊張感を保ちながら見て下さっていました。Q&Aで感じたのは、「なんて日本は可哀想なんだ」とか、「あなたの知り合いに被害に遭った人はいたの?」とか、自分とは全く違う次元の話のような感覚で見ているということ。あるいは、あれは起こっていたんだということまで分かるけど、自分にも同じことが起こりうるかもしれない、ということが分からない人もいると感じました。

 

JO:2012年10月のハリケーン・サンディの進路上に、20以上の原発があったそうなんです。だから、事故は起こりうるということを意識しないと。

 

想田:だけどあのサンディが起きたとき、原発のことを心配したのは日本人だけ、ということがよく分かった。アメリカの報道を見ても、触り程度にしか書かなかった。そしてその小さく報道されたことに、日本人は大きく反応した。それはやっぱり経験があったから。トライベッカ映画祭で『おだやかな日常』を見ながら、やっぱりあれは遠い話だなと思った、残念ながら。僕は、人間はそういう風に出来ていると思っていて、例えば『ロミオとジュリエット』で、最後に2人とも死んじゃって、もう喧嘩するの止めようって、両家が誓いを立てるじゃないですか。それで、じゃあこれから平和が続くんだろうな、と観客は思って終わるわけですよね。だけど僕は、実際に人間はあんなに賢くはないと思う。何かがあっても、そこから何か学んで、180度違うことをする、っていうのは非常に難しいです。

 

断絶された社会

想田:あの映画が象徴的で上手いなと思ったのは、主人公の2人の女性は、実は隣同士に住んでるじゃない、同じようなことに関心があって、同じようなテレビ番組を見て、同じようなウェブサイトを見ているんだけど、2人の間には断絶がある。そして、それぞれが孤立感を感じてる。あの感覚というのが、まさに今我々が分断されてることを、非常に上手く描いている。

 

杉野:それはやっぱり意図的で、そういう日本人の抱えるものを表現したいなと思ってたんですね。私が企画を頂いたときは、ユカコ(篠原 友希子)だけのストーリーだったんですよ。でも実際、いろんな立場の方がいらっしゃるじゃないですか。子供がいる人もいればいない人もいるし、もちろん放射能を危なくないと思っている人もいる、っていう視点を入れた方が良いんじゃないかということで、サエコ役が生まれたんです。この2人は隣同士に住んでいて、こんなに近くにいて同じ方向を向いているのに互いの存在にすら気付かない、という日本によくある風景が、海外にどう映るのかというチャレンジをしたように思います。

 

想田:今の日本の社会って、ああだよね。ほとんどの人が、脱原発を望でいるはずなのに、社会は大多数の思うようには進んで行かないんだよね。脱原発を望んでいる人たちはいっぱいいるのに、その先に繋がって行かないんですよ。

 

集団思考

杉野:だいたい同じ価値観の人が周りにいるので、みんな脱原発を掲げるところに投票しました、というのをFacebookなどで見ていて、今回の選挙では何か変わるかもしれない、というちょっと甘い期待があったんです。でも選挙結果を知ったときに、わたしの見てる世界ってすごく狭かったのかな、と感じてしまったんです。

 

想田:『おだやかな日常』は、その辺りのことを先取りして描いていると思った。『デイ・アフター・トゥモロー』みたいな、自然が社会に猛威を振るう映画があるじゃないですか、その定石通りの出だしなんだよね。でも待てよ、これパニックものだけど、本当に起こったことなんだって。SFに匹敵するようなことが実際に起きると、普通のパニック映画だったら、みんな問題に取り組んで、なんとかサバイバルしようとする。でも『おだやかな日常』はそうじゃない。問題に取り組もうとする人もいるけれども、社会の大半はそうじゃなくて、何もなかったかのように振る舞って、サバイバルしようとする。あのリアリティは、今までの映画では絶対に描けなかった。例えばゴジラがいるのに誰も見て見ぬ振りしないでしょ。みんな「わぁ~!」って言って逃げるよ。『おだやかな日常』で起きたことって、ゴジラなんですよ。ゴジラが来たら、普通は逃げるんですよ。それに匹敵するようなことが起きているにも関わらず、それをフラットに描いてる。

 

杉野:放射能が怖いからマスクを着けるということが、風紀を乱すみたいな空気があるじゃないですか。でもインフルエンザとかPM2.5で、同じ見えないものに対して、マスク着けてる。この差は何なんだろう、って考えたときに、国という圧力みたいなものが、ものすごくあるんだなって恐怖を感じました。3/11は気付きの日だった、と言われますけれど、今まで無関心だった人が原発反対の立場に変わったことに対して、今まで興味が無かったくせに、っていう言い方で責める人もいるんです。でもそれって、すごくナンセンスなんです。人が何かに気付いたりとか、興味を持ったりするっていうことはとても自然で、だったら例えば、ヨガを始めましたとか、フットサル始めましたとか、っていうこともダメってことになるわけですよ、極論を言えば。

 

JO:何が良いか悪いかっていう定義を公共がしてしまうと、やっぱり限界があると思うんですよ。モラルは個人で判断しないと。

 

想田:後はね、問題が起きたときにどうするかっていうのもあると思う。うまく行けば解決するかも、っていうものについては、みんな騒ぐんですよ。それは政府も同じで、あの原発事故のときには、もう匙(さじ)を投げたんじゃないかって。

 

杉野:それってすごく日本人的ではないですか?

 

想田:僕は、それは日本人だけじゃないと思うんだ。例えば、ニューヨークのインディアンポイントっていうとこに、原発あるじゃない。マンハッタンから30kmだか40kmしか離れてないよ。そこで福島と同じことが起きたら、本来ならみんなここを非難しなくちゃいけない状況になるんだけど、僕はニューヨークの人は避難しない気がする。なぜならあまりにも問題が大き過ぎて、それを解決しようという方策を立てないんじゃないかって。

 

JO:僕は、人間って羊的な要素があると思うんですよ。何が集団として良い方向なのか決めるのって、難しいですよね。

 

想田:人間もやっぱり群れる動物だから、たとえ不適切な行動でも、みんなが同じ行動をしていれば安心するんですよ。

 

JO:「みんなで渡れば怖くない」みたいな。

 

想田:ビートたけしは正しかったってことだね。まさにそういうことが3/11で起きていたし、あの映画にはそれがはっきりと映っている。

 

さまざまな意見を受け入れる姿勢

杉野:わたしは、西洋文化圏で生活したことがないので、こういう行動をとってしまうのって、やっぱり日本人特有なのかな、と思ってしまうところがあるんです。九鬼周造が『「いき」の構造』で書いたように、日本は諦めの文化って言われてるじゃないですか。諦めることはすごく粋なことなんだ、みたいな。だからこそ、それって日本人独特なことなのかな、と思ってたんですけど、想田さんが、それは日本人だけじゃない、とおっしゃったのは驚きでした。

 

想田:実際のところは分からないけどね。でも日本人だけじゃないよ。少なくとも、これまでの歴史を見れば。例えばチェルノブイリの事故が起きたとき、ロシアは原発を廃止したかと言えば、まだ原発ありますよね。ドイツは止めたって言ってるけど、でも対応はマチマチですよね。ドイツとそんなに離れてないフランスは、まだ止める気はないし。原発を止めましょう、って決断出来る社会もあると思うんだけど、そうじゃない方がむしろ多いんじゃないかっていう気はします。僕が忘れられないのは、9/11が起きた時、戦争あるいはイラク侵攻をやったら大変なことになるってみんな分かってるはずなのに、それを支持したんですよね。そして実際に、10万人以上の人が亡くなったわけじゃないですか。普通に考えれば不条理ですよ。不条理でも、その選択を集団でやってしまう、っていうのが人間だと思う。

 

JO:流されていく中でも、外の立場から見る想像力が一番必要ですよね。

 

想田:それは、環境破壊もそうでしょう。みんながやってるから良いんじゃないの、っていう性質が人間になかったら、世界中にこんなに原発ができてないよ。なのにそうやって進んで行くのは、「隣の国もやってる」とか、「だってみんな普通に暮らしてるから問題ない」とかっていうことですよね。それは人間の、群れる動物としての本能と関係があると思う。

 

JO:情報の量が増えていく中で、1つの情報の持っている価値が、すごく小さくなってると思うんです。そして入って来る情報に対して、真摯に向き合って行かなくなる。考えるというプロセスを放棄している時代に、僕らは生きていると思うんですよ。デジタル化され、スピードも重要視される社会の中で、考えることを放棄するようになった、というのはあるかもしれないですね。

 

想田:それを全部現代のデジタル化のせいで片付けるには、理解出来ない出来事もあるよね。例えば第二次世界大戦のときに、ナチスが「ユダヤ人殺せ」って言って、ああいうことが起きたわけじゃないですか。それを支持する人たちっていうのは、圧倒的多数になったわけですよ。そのプロパガンダに最も寄与したのは、映画だったんです。デジタルに関係なく、基本的に、人間にはそういう性質があると思うんです。それは人間の基本だから、認めた方が良いんです。だから暴走しないように、いろんな仕組みを作ってバランスを取ろうとする。どうにか暴走させないシステムを作るためには、体制とは違う意見を表明出来る機会があったり、その違った意見を参考にするような受け皿があることが求められるんだと思う。ただその経過で重要なのは、いろんな見方があるはずなんだっていう前提そのものを共有出来る人を少しずつ増やして行くこと。

 

目的や利益ばかりに焦点が当てられる

JO:アメリカは、行為と目的を同一化しないですよね。目的に基づいて行為がある。でも行為の中に目的がないっていうか。

 

想田:それは近代の病だね。目的を設定して、そのための手段が従属的なんだよね。それは日本人も、すごく毒されてる。ただ問題は、みんながそんなにハッピーになれないことだよね。なぜなら、目的のために何かやるからで、その経過いうのは、全部苦しいことになるんですよ。今していることは、目的を達するためのものであって、ただの道具になっちゃうんだよね。でもそれは確かに空しいよね、ほとんどの時間がそうなってしまうから。しかも目的が達成されても、嬉しいのはその一瞬だけだからね。こんなことは、仏教でもずっと言われてるのに、みんな忘れてる。それを伝える習慣というのが、どこかで途切れちゃったんだね。僕はそういう仏教的な考え方は、非常に重要だと思うんだ。結果がどうあれ、今一所懸命やるとか、良い時間を過ごそうとか。そうでないと人間関係も、この人何に使えるかなとか、今やってることに何の意味があるかとか、そんな風になっちゃうでしょ。

 

杉野:すべてが効率的になっちゃう。

 

想田:ドキュメンタリー映画ですら、そういう風に毒されてきていて、何のためにこのドキュメンタリーを作るのか、っていうのをまず設定するわけですよ。そして、じゃあそのためには何にカメラを向けて、誰と誰に取材して、ってやる。そうなると、被写体は制作者の道具になってしまんですよ。でも、それは空しいですよね。そうじゃなくて、ここにこういう人がいる、面白いなぁ、って撮っていく、そこから何が見えて来るかっていう発想。撮っている時は分からないんだけど、それをやっていく。それは内田樹(たつる)なんかも言ってます。学びっていうのは、何を学ぶかっていうことが見えてしまったら、もう起動しないということを。つまり、分からないから学ぶわけじゃないですか。例えば学校なんかで、この教科を取るとこういうスキルが身に付きますと説明されてるシラバスを出しますよね。そこで商品のように、じゃあこれ取ろうと、何百ドル払おうってやっちゃうと、もう学びは起動しない。やっぱりどうなるか分からないことに踏み出すというか、そういう発想をしていかないと、人は幸せになれないんじゃないかなと思います。

 

JO:そこの構造改革は、国には出来ないですよね。

 

想田:それは芸術のやる分野ですよ。

 

隙間を生きる

想田:20代の始めの頃は、東大新聞を作っていて、当事は政治的に尖ってた。ほとんど活動家みたいなことをやっていて、ペンで世界を変えてやるような勢いで。でも、それがなんか空しくなってね。誰も聞いてないし。 まず、なんで反戦を訴えるのかというと、人権を蹂躙(じゅうりん)するからなんですよ。殺すわけでしょ。あるいは差別もそう。リベラルな社会運動のあらゆることの根底には人権がある。それなくして運動は成立しない。 でも僕は、人権が何かっていうのを考えることがなかった。その一番大事なことを、一度も考えた事がなかった。それで不安になってね。その頃から宗教学を学んだ、もしかしたら何か分かるんじゃないかって。人間は、どうして世の中に生まれて生きて行くのか、そういうことが分かるんじゃないかって思ったんだけど、結局分かんなかった。人間がなんで生きるのかっていう疑問への答えは、学問とかで証明することじゃなくて、表現を通じてすることなんだよ。表現はできるよね。こうじゃないかな、ああじゃないかなっていうのを、論理的に表現する必要もなくて、見せるっていうことだけで良い。それで、映画に惹かれたのかなと思うんだ。僕がこっち(NY)に来たのは22歳、23歳のときだったんですけど、20代の頃はそんな感じ。」

 

杉野:どうしてニューヨークに来ようと思われたんですか?

 

想田:あの頃一番格好良かったのは、ジム・ジャームッシュとかマーティン・スコセッシとかスパイク・リーとかで。どうせやるんだったらニューヨーク行ってみようかって。誰も知り合いはいなかったけど、スーツケースだけ持って。あとは、ずっと外の世界を見たかったんですよ。全然違う価値観のところで暮らしてみたい、っていう気持ちはずっとあって。その頃日本では、映画監督になるっていうと、助監督からステップアップして行かなきゃいけない、っていう風習があって、僕ああいうのが苦手で。

 

JO:僕もそういうところあります。

 

想田:上下関係とか全然ダメ。そういうときに、アメリカでは映画監督になるためには学校に行くらしい、って聞いて。そのときはまだそれが新鮮で、全然日本には学校はなかった。それで、あぁなるほど、て来ちゃったんです。今じゃ当たり前だけどね。

 

JO:僕は完全にミーハーな憧れです。今から考えてみると、東大に行っているときに、自分の道っていうものが見えてなかった気がします。やりたいことはあったんだけど、日本の社会の中では適応出来ないなと感じてました。ジャズがすごく好きで、最初はニューオリンズに行こうかな、と思ってたんですけど、その当時ハリケーン・カトリーナの影響があったので、友人に、じゃあニューヨーク行ってみなって言われて。

 

想田:ニューヨークは肌に合ってる?

 

JO:合ってます。すごい自由ですよね。日本に帰って仕事してみたい、とも思うんですけど、日本に帰ったら、ああいうアジア的なスタイルの枠の中で仕事しなくちゃいけないのかなって、考えたらちょっとしんどいかもしんないですね。

 

想田:あのね、日本は肩書きによって周りの態度がすごく変わるんだよ。ほんとびっくりするよ。僕が日本でテレビディレクターとして仕事したときは、犬のように扱われましたね。2ヶ月くらい編集のために日本に帰ったことがあって、もう死ぬかと思った。まず休みもないし、仕事中に笑ったりすると、そういうのは不真面目だって言われた。やっぱりそういうのに慣れなかったし、すごく嫌だった。映画を撮るようになって、映画監督っていう立場で帰ると、全然扱いが違う。びっくりするよ、素直に喜べないんだけどね。前はああだったのにって。

 

杉野:分かります。日本にいたら、有名になったとしても、絶対自分の好きな仕事は出来ないなって思ったときに、そのシステムをぶち壊すしかないなと思って製作を始めたんです。始めた当初は、出資する方々のところに行っても、色眼鏡で見られるんですよ。女優が何しに来たのって。あるときある映画監督さんに、「杉野さんってすごく矛盾してることをやってると思う」って言われたんですよ。多分、右脳を使う仕事と左脳を使う仕事、という分け方で言われたと思うんですけど、わたし自身の中ではすごく繋がってて、両方ともクリエイティブな仕事なんです。

 

想田:戦略ですよね。

 

杉野:そうなんです。やってるうちにいろいろ繋がって、視野も広がって来るし、過程が楽しくなっている自分がいて、すごく恵まれてるなって思っているんです。日本にいると、出る杭は打たれる、みたいなところがあって。

 

想田:日本で俳優っていうのは、待つのが仕事じゃないですか。自分から企画を起こせない、基本的に受動的な存在ですよね。良い作品、良い演出家、あるいは良い監督に出会わない限り、絶対に輝けない存在。

 

JO:そういうのって、言ってみれば壁ですよね。ユカコとサエコの間に壁があったように。壁があると、普通は壊したくなるじゃないですか。安部公房の『壁』の序文に、ドストエフスキーが壁についての答えを示唆したことが書いてあったんですけど、壁っていうのは別に突き破らなくても良くて、壁があったら右に曲がれば良いんだって。そうすることで僕たちは、出会って繋がって行くわけじゃないですか。

 

想田:そうだね。しなやかにやってけば良いんだよね。僕は、自分は隙間ビジネスだと思ってるから。隙間ですよ。

 

杉野:日本では、わたしも隙間ビジネスですよ。

 

想田:その隙間に自分の居場所があるんだったら、それで良いと思うんだよ。そしてその隙間に人が魅力を感じてくれて、面白がってくれたら、隙間じゃなくなってくるからね。最初は単なる隙間かもしれないけど、隙間が広がったりしてね。実は、そういう小さいところから変わって行くと思うんだ。猿だってそう、はぐれ猿が新しいもの見つけてくるでしょ。マジョリティーは、自分達では変えられないんですよ。そこからはぐれた奴しか、新しいものは見つけられない。だからはぐれていて結構ですよ。

 

 

text & portrait photos by 岡本太陽

『おだやかな日常』公式ウェブサイト

映画作家・想田和弘 Official Website