Interview

 
 
Place: New York

マカオの奇異と恐怖に沈み行く

João Pedro Rodrigues, João Rui Guerra da Matta, ジョアン・ペドロ・ロドリゲス, ジョアン・ルイ・ゲラ・ダ・マータ
アートカテゴリ:  Film

再訪することで発見が生まれた経験はあるだろうか。馴染み深かった場所に戻るという意識であっても、時間の経過のせいで今まで行ったことのない場所に来た感覚になる。ポルトガル人映画監督ジョアン・ペドロ・ロドリゲス(『ファンタズマ』『男として死ぬ』)と彼が長年仕事を共にしているジョアン・ルイ・ゲーラ・ダ・マタが『追憶のマカオ』という作品を共同監督した。映画は2人の監督のマカオ訪問に基づいたフィクション作品。マカオと言えば、現在中国の領土で、以前ポルトガルの植民地だった。そこでゲーラ・ダ・マタは幼少期を過ごした。フィルム・ノワールの特徴である、顔の見えない刑事や運命の女という要素を織り交ぜ、2人は実に奇妙な芸術作品を作り上げた。ジョセフ・フォン・スタンバーグとニコラス・レイが共同監督した1952年の映画『マカオ』、クリス・マルケルの作品にインスピレーションを受けつつ、ゲーラ・ダ・マタ自身の記憶、そしてロドリゲスが抱く想像のマカオが顔を覗かせる。

 

チャイナ・ドレスに身を包んだ女性が『マカオ』で使われた「You Kill Me」を歌うという魅惑的なパフォーマンスで物語は幕を開ける。そしてリスボンに住む主人公ジョアン・ルイ・ゲーラ・ダ・マタは彼の友人でもう何年も顔を合わせていないキャンディからEメールを受け取る。キャンディは言う、またもやろくでもない男に捕まってしまい会いに来て欲しい、と。ゲーラ・ダ・マタにとってマカオはポルトガルに引き上げてから一度も訪れていなかった土地、そして人生で最も幸せな時間が眠る場所。キャンディに会おうとするものの、彼女からは不思議な電話ばかりを受け取るゲーラ・ダ・マタ、彼女に近づけば近づくほど彼にも危険の足音が迫っているとは知らずに。

 

映画の中2人の監督は、ずっとマカオに存在していながらも普段なかなか目にすることのない路地裏や、人気のない港、湿っぽいホテルなどを見せて行く。だからこそこの映画の中のマカオは退廃的な様相さえあるが、同時になぜか生命力をも感じさせる。神秘的で、摩訶不思議、さらに映画の最後には世界の終わりを思わせる要素を面白可笑しく臭わせる、まるでマカオから世界の終わりが始まるかのように。マカオには超自然的なエネルギーがあるのだ。85分間の物語の中で、過去の映画、記憶、想像が繋がり合い、1つの不確かさを結んだ本作。2人の映画監督がマカオを探索すると同じくして、観る者は謎に深く深く沈んでゆく。

 

私は、『追憶のマカオ』が披露された第50回ニューヨーク映画祭を訪れたジョアン・ペドロ・ロドリゲスとジョアン・ルイ・ゲーラ・ダ・マタにマンハッタンはミッドタウンにあるホテルで会った。2人は私を快く迎えてくれ、向かい合って座り、彼らは新作映画、記憶、ポルトガル映画の現状などについて熱く語ってくれた。インタビューの最中に私が気付いたこと、それは彼ら2人の間に面白い流れがあること。まるで2人の間にあるエネルギーが美しい弧を描くかのように、互いに引き立て合い、絶妙なバランスを保っている。これが実に20年間苦楽を共にしながら映画を作ってきた仲なのかと実感した。

 

孤独というフィルターを通して世の中を見たりもするからね。そうすることで、自分にとっての世界のあり方がより明確になるんだ

ジョアン・ペドロとジョアン・ルイ、2人は20年も一緒に仕事をされてますね。今回共同監督された『追憶のマカオ』ではどのようにお仕事されましたか?

 

ジョアン・ペドロ:ジョアン・ルイはまず僕の映画で役者をやったんだ。それから僕らは何本か短編映画も作ったんだ、例えば僕が監督するために彼が脚本を手掛けた『チャイナ・チャイナ』なんかだね。そうやって仕事してたんだけど、ジョアン・ルイは今回の映画の製作過程ですでに重要な存在だったから共同監督するというのは自然な流れだったんだ。『追憶のマカオ』を撮影している間も市場に焦点を当てたドキュメンタリー調の『紅い夜明け』という短編映画を作ったんだよ。

 

ジョアン・ルイ:僕らは今挙げた映画を「アジア映画」って呼びたいんだ。僕らが共同監督するときに限ってアジアが題材になっているからね、何故かは分からないけど。ジョアン・ペドロが1997年に始めて短編映画を作ったとき、さっきも彼が言ったように僕は役者だったんだ。そして今年、僕は初めて1人で映画を監督したよ。その映画の中ではジョアン・ペドロが出演しているんだ。もちろんジョアン・ペドロはこれからも彼自身の映画を作り続けるし、僕は彼の美術監督であり続けるさ。

 

映画は全編元ポルトガルの植民地だったマカオで展開しますね。マカオに対する思い入れはありますか?

 

ジョアン・ルイ:僕は子供の頃マカオに住んでたんだ。父はマカオにあった海軍の巨大な造船所の管理者だったから、家族全員でマカオに引越したんだよ。最後にマカオに行ったのは30年前。それからずっとマカオに戻りたいと思ってたよ。

 

ジョアン・ペドロ:ジョアン・ルイにはいつも子供の頃のマカオの思い出を聞かされてたよ。でも子供の目で覚えているマカオの記憶はどこかフィクションみたいでね。マカオについては映画や文学から知っていたけれど、行ったことはなかった。だから、僕らにはマカオに関して2つのフィクションがあったんだ。ジョアン・ルイの子供の目から観たフィクション、そしてマカオには行ったことがなかったけれど、そこがどういう場所なのか想像を膨らましていた僕のフィクション。

 

元々はドキュメンタリー映画を取るつもりだったそうですね。それがどうしてフィクションになったのでしょうか?

 

ジョアン・ルイ:ジョアン・ペドロと僕はマカオに行こうと20年くらい話してたんだ。なかなか実現しなくてね。だからマカオにまつわるドキュメンタリー映画を作るための資金申請をしたんだ。そして資金をもらえたからとりあえずドキュメンタリー映画を作る準備をしたんだよ。

 

ジョアン・ペドロ:僕らがマカオに着いてから、予定していたドキュメンタリー映画にはならないだろうと悟ったよ、ドキュメンタリー的なフッテージや構造はまだ僕らの映画の中にはあるけれどね。まず撮影はジョアン・ルイが住んでいた家から始めて、通っていた学校や買い物するために彼がお母さんと一緒に行っていた市場でも撮影したよ。そういう場所に行きながら他にも心を奪われる場所が見つけていったんだ。僕らはまず自由に映画作りがしたかった。だから心のままにカメラを回し、新しい場所に足を踏み入れた。そしてある瞬間、僕らは街自体が物語を語っているように感じたんだ。そのときにフィクションとして映画を作るようになったんだよ。マカオからポルトガルに戻っては、撮影した映像を見て構想を練っていったよ。それから編集を経て映画は構成されたんだ。

 

ジョアン・ルイ:僕ら全く予期してなかったんだけど、土地や通り、空気が自然と物語を語りかけているような気がしたな。

 

ジョアン・ペドロ:フィルムノワールやスリラーを思わせるような場所や空気があったからね。

 

ジョアン・ルイ:それにSF映画やB級映画的な要素もね。

 

ニューヨーク映画祭の記者会見で、少なくともスタンバーグの『マカオ』に影響を受けているとおっしゃっていましたが、この映画は同時に既存のものに影響を受けていない印象を受けました。全く新しいスタイルというか。

 

ジョアン・ペドロ:僕らがやりたかったこと、それはマカオの肖像画を作ること。最終的に僕らの目を通したマカオが描かれたと思ってるよ。でももちろん僕らはいろんなものに影響を受けている。記者会見で話したことは、スタンバーグの『マカオ』は始点だったということ。クリス・マルケルも僕らの頭の中にあったよ。それから50年代に作られたナレーションのあるSF映画やフィルム・ノワールも僕らのツールとして機能した。それでも自分たち独特の作品作りを心掛けたよ。

 

ジョアン・ルイ:僕らはスクリーンに映っていない物語が見えるようにしたかった。それが最もやりたかったことさ。だからカメラはあまり起こっていることを追ってはいないんだ。

 

ジョアン・ペドロ:起こったことを想像させるフィルムノワールを作ろうとしてたんだよ。だからサウンドトラックは音楽よりも、声やノイズ、音響効果を使ったんだ。

 

 

「これは僕の記憶によって汚染されたフィクションだね」

 

ジョアン・ルイ、あなたはマカオに住んでいましたよね。その子供時代の経験が後の人生にどのように影響しましたか?

 

ジョアン・ルイ:あの時が僕の人生で最も重要だったかもしれないね。ポルトガルとは全く違う文化を深く知るきっかけになったからね。世の中の見方にも影響を与えたと思うんだ。アジアに行くと、何故かいつも家に帰って来たような気持ちになってね、おそらくヨーロッパよりもね。30年前にマカオを去ったけれど、マカオはずっと僕の心の中で生き続けた。もう周りに広東語を話す人がいないから、広東語は忘れてしまったけど、広東語は僕にとっては第ニ言語だったんだ。70年代のマカオはまだ植民地で、同じ年頃の男の子たちと仲良くしたかったんだけど、彼らは皆中国人だったから中国語は不可欠だったってわけ。

 

何が本当にあなたをマカオに向かわせたのでしょうか?というのも映画を観ていて、ノスタルジアよりも再発見という印象を受けました。

 

ジョアン・ルイ:マカオは変わってしまったよ。元々は小さな町だったけれど、今ではもう大都市さ。ラスベガスよりも規模が大きく、賭博による収益もラスベガスの2倍なんだ。僕が住んでいた頃の面影はもうほとんどないよ。マカオに行った時に、ノスタルジックな視点は入れないようにしようと決めたんだ。基本的には僕の記憶の中にある場所を探すことと、再発見ではなく、新しい街を探すことだったんだ。多くの場所は本当に醜いけれど、必ず醜さの中にも美しさを探すことはできる。そこに物語をがあるって想像出来るしね。以前何があって、今何があるかには興味がなかった。それを求めてはいなかったんだ。でもジョアン・ペドロと僕はマカオに行って現在のマカオを見たいとは思ってたよ。これは僕の記憶によって汚染されたフィクションだね。

 

では記憶と人間との関係についてはどう感じられますか?記憶は過去に基づいていますが、それは人間の中に生きながらいつでも書き換えることも出来ますね。

 

ジョアン・ペドロ:そのアプローチはクリス・マルケルのものに似ているね。彼は物語を書き換えていたし、彼の人生を様々なイメージで見せたからね。それに彼の映画には異なる種類のイメージを用いられた。モンタージュ写真やサウンドトラックを通して記憶の中から独特の世界を構築したんだ。映画を作るにあたって不可能なのは、過去や過去に作られた作品、また現在作られている映画を意識しないこと。なぜならそれらはすでに自分の中に取り込まれてしまっているからね。映画やその他の芸術が自分の一部になるって素敵なことさ。そこから僕は自分独特の言語を見出そうとするんだ。それが記憶が生きているってことなんじゃないかな。自分の中で生きている本や映画、絵画など全てが自分の言語を生み出す糧になるんだよ。

 

ジョアン・ルイ:映画でも本でも絵画でも、芸術と呼ばれるものを作ろうとしたら、周りにある全てのものからインスパイアされるんだ。何かをやろうとしたら、自然と今までやってきたことが出て来る。それとは逆に、記憶は完全にフィクション化されているんだ。誰に話しているかによって記憶は変化するしね。年齢とともに変わって行くし、状況の変化によっても形を変えて行くよ。

 

ジョアン・ペドロ:夢に近いかもしれないね。覚えている夢もあるし、何度も見る夢もある、けれど、何度も見る夢も時には全く違う展開をすることもある。記憶は自分の中に生きているもので、時々顔を出すんだ。記憶って生きて行く中でどんどん変化して行くものなんじゃないかな。

 

ジョアン・ルイ:それに記憶は想像するものかもしれないね。100%明確に覚えている記憶があったとしても、それは現実とは全く関係ないんだ。

 

映画の中のマカオは旅行本などでは全く見たことないマカオの姿ですよね。

 

ジョアン・ルイ:でも、そのマカオも存在しているんだ。普段誰もマカオを探索しようとはしないからね。僕らは中国風のものやエキゾチックなものはほとんど触れないようにしたんだ。そういうものを探すのは簡単だからね。それよりも路地裏だったり、マカオを訪れる人が普段行かないような場所に惹かれたんだ。

 

ジョアン・ペドロ:大体みんな繁華街を行き来しているだけだからね。でもマカオは迷路みたいに自分がどこにいるのかさえ分からなくなってしまうような不思議な街なんだ。

 

ジョアン・ルイ:マカオの美しさはそこにあるんだ。道に迷って、誰も理解出来ないような物語を撮影して回るんだ。実際のマカオと言うよりは、自分たちのマカオだね。

 

ジョアン・ペドロ:エンドクレジットを見る機会があれば、全部をマカオで撮影していないことが分かるよ。香港や広州市、上海なんかでも撮影して、実在しない僕らだけのマカオを作ったのさ。それがやりたかったんだ。

 

ジョアン・ルイ:僕らの頭の中に描いていたマカオと言ったら良いかな。僕らの想像したマカオだよ。

 

 

例えば、それは世界が滅ぶということではなくて、実は再生かもしれないね

 

映画の終盤になると世界の終末を予感させる表現がなされてますね。こういった台詞もあります。「かつて道にこんなに多くの野良犬はいなかった」、「死の影がマカオを覆い尽くしている」、「死がすぐ近くまで来ている」など。マカオは人間の住むべき場所ではないのではないかと感じましたが、あなた方の意図を教えて下さい。

 

ジョアン・ルイ:それと「マカオは地球上で最も人口密度が高い場所」という台詞もあるんだ。だからもちろんマカオには人間が住む場所はあるんだ。でも僕らは地球滅亡というアイデアを面白く使いたかった。例えば、それは世界が滅ぶということではなくて、実は再生かもしれないね。もし人が動物として生まれ変わるなら、それも良いんじゃないかって。

 

ジョアン・ペドロ:それがより良い世界かどうかは分からないけれど、動物によって支配された全く違う世界には変わりはないね。現在視覚効果を駆使したような大災害を扱ったたくさんの映画があるけれど、僕らがやりたかったのはもっと手作り感のあるものだったんだ。

 

ジョアン・ルイ:60年代に作られたとっても素朴な日本映画的でもあるよ。人が着ぐるみを来た怪獣が出て来るような遊び心が感じられる映画のことさ。僕たちはそういう映画が大好きなんだ。

 

シンディ・スクラッシュが映画の冒頭で『マカオ』の「You Kill Me」を歌いますね。それはエンドロールでも流れます。どうして最後にもその歌を使ったのですか?

 

ジョアン・ペドロ:「あなたの愛で私は殺される」と歌われる。だから2つの意味があるんだ。死でもあり愛でもある。

 

ジョアン・ルイ:歌の始まりで「あなたは私を殺す」とあるから、まず誰かが殺されることが分かる。その女性が何らかの危険に巻き込まれていて、彼女が命の危機に瀕していることもね。でも最後には「あなたの愛で私は殺される」とある。反対の意味さ。本当に愛しているっていうことだね。

 

ジョアン・ペドロ:ジェーン・ラッセルが歌うスタンバーグの『マカオ』の影響でその曲を使ったんだけど、皮肉にも彼女は僕らがマカオにいる間に亡くなったんだ。

 

ジョアン・ルイ:その時僕は彼女の自伝を読んでいてね、その中に書かれていたことにとても驚かされたよ。あの歌をどう使うかによって意味も変わる、だからこそあの歌を最後にも使いたかったんだ。

 

キャンディとナレーターの2人には「孤独」が漂っていますよね。そしてあなたの映画には「孤独」が大きな要素であります。あなたにとって孤独とは何ですか?孤独はどうあなたの映画の中で重要なのでしょうか?

 

ジョアン・ペドロ:君の言う通りだと思うよ。『追憶のマカオ』の主人公は映画の中でキャンディをずっと探し続ける。この映画は僕の過去の作品とは違うという人もいるけれど、僕はそうは思わない。ただ前進しただけなんだ。僕がいつも感じていること、それはある一定の方向にゆっくりと向かっているということ。その道の先に僕が映画の中で作りたい世界が広がっているんだ。孤独は僕にとっては重要だよ。孤独というフィルターを通して世の中を見たりもするからね。そうすることで、自分にとっての世界のあり方がより明確になるんだ。でも僕の映画では孤独だからこそ人と繋がりたいと願う登場人物たちが出て来る。他と繋がれなくても、繋がるのが困難でも、繋がるために違うものになる必要がある場合も。おそらく僕も彼らと同じ気持ちなんだと思う、僕の体験に基づいている物語だからね。今まで作った映画は最終的に非常に個人的なものになったんだ。でもそれは映画作りやその他のアートを作るにあたって非常に重要なことだと感じてるよ。自分のことを語るべきだからね。例え自分の実体験に基づいていないとしても、自分のことを語っていることには変わりはないんだから。何かを語りたいとき、自分に正直になってフィクションとして語るんだ。僕はフィクションを通して僕自身のことを伝えようとしてるんだよ。

 

『追憶のマカオ』は長編作品ですが、商業的な作品ではありませんね。だからこそより自由に映画作りが出来たかと思いますが、『追憶のマカオ』を作るにあたっての自由さについて語って頂けますか?

 

ジョアン・ペドロ:僕は今まで自由に映画を作って来たよ、プロデューサーや配給会社に制約されることは全くなくね。でもそれがきっとポルトガルで映画を作るってことなんだ。

 

ジョアン・ルイ:というよりも映画はそうあるべきさ。配給会社の目線では、この映画を公開するのは難しいけれど。

 

ジョアン・ペドロ:でも映画って簡単であった方が良いのかい?

 

ジョアン・ルイ:芸術というものは人に考えるチャンスを与えるんだ。疑問も抱かせるし、好奇心を掻き立てたり、ショックを与えたりもする。

 

ジョアン・ペドロ:悩ませることもあるだろう。

 

ジョアン・ルイ:恋に落ちたり、大嫌いになったりもするさ。でも何かしらの感情を与えてくれるはずだよ。

 

 

ゲイだとか同性愛だとかって大騒ぎするのは、とっくの昔に終わったのさ

 

ジョアン=ペドロ、あなたの過去3つの長編映画ではホモセクシャルが題材になってましたが、『追憶のマカオ』に関しては、そのテーマの存在感は然程大きくありませんでしたね。現在以前の夢であった鳥類学についての新作を製作中とのことですが、映画制作者としてのキャリアをどのように見てらっしゃいますか?

 

ジョアン・ペドロ:僕の映画がホモセクシャルな題材があったとき、さっきも言ったように、今までの映画は非常に個人的なものになったからなんだ。その時々に伝えたかったことを物語として伝えてきたんだよ。自分自身や伝えたいことに正直になりたかったし、世の中に伝えたい物語にも、僕の映画を見てくれる人たちにもね。素直になって物語を作るのが好きだし、そうするからこそ僕の映画を見てくれる人もいるんだ。でもそうすることで映画がジャンル分けされてしてしまうことにもなるんだ。ただ映画にゲイのキャラクターがいて、たまたまそれが僕の伝えたい物語だっただけなのに。最近ではゲイ映画だけを見る人たちもいてね、どうしてなのかさっぱり分からないよ。僕はいろんなジャンルの映画を見るよ。『追憶のマカオ』には性転換をしたキャラクターが出て来るから、ゲイ的な要素は多少あるんだれど、「何かゲイ的な要素を入れなきゃ」っていう考えは持って映画は作っていないんだよ。ただ単にそうなっただけなんだ。「ゲイ映画を作りたい」って思ったこともないしね。「映画を作りたい」って思っただけさ。大抵の映画ではヘテロセクシャルのキャラクターがいるけれど、それを「ヘテロセクシャル映画」とは言わないよ、おかしな話さ。

 

ジョアン・ルイ:政治的な背景を考えた場合、「ゲイ映画」って言うのは理解出来るよ、目立ってしまうからね。カテゴリーを決めるのも大切なときもあるかもしれない。でもゲイ映画だからって面白いわけじゃない、そう思わない?面白くない原因は、ただ単にゲイ映画を作りたいからさ。ゲイだとか同性愛だとかって大騒ぎするのは、とっくの昔に終わったのさ。

 

ジョアン・ペドロ:ライナー・ヴェンダー・ファスビンダーを例に挙げると、彼はホモセクシャルな物語から次第にへテロセクシャルの物語に変わって行った。彼は常にジャンルの枠を超え、実験的な映画から商業的な映画へと変わり続けた。多様性という観点では彼は素晴らしい例だよ。

 

ジョアン・ルイ:なぜなら彼は映画を作るっていう最も重要なことを見失っていなかったからね。

 

アメリカではおそらくマノエル・ド・オリヴィエラが最も有名なポルトガル映画監督だと思います。現在のポルトガル映画の現状を教えて頂けますか?どう変わって来ているのでしょうか?

 

ジョアン・ペドロ:ポルトガル映画はきっと多様で自由だと思うんだ、なぜなら皆自分のやりたいことが出来る方法を見つけているからね。映画そのものと、監督という立場はかなり違っていてね。それでも業界は狭いよ。そんなに多くの映画も作られていないし、今では映画作りがかなり難しくなっているんだ。文化や映画作りにおいて政治が非常に難しい状況を生み出しているよ。

 

ジョアン・ルイ:例えるとポルトガル映画は白銀時代に突入しようとしているんだ。世界でポルトガル映画を見せることが出来るように一生懸命戦っている最中さ。ポルトガルの人たちは映画が好きだからね。

 

ジョアン・ペドロ:昨日ニューヨーク映画祭で、いろんな国の誰も知らない映画をニューヨークやニューヨーク映画祭で見せる機会を作ったリチャード・ペニャにオマージュを捧げるイベントがあったけれど、ポルトガル映画も彼によって発掘されたようなものなんだ。だから今ではポルトガルは忘れられた国ではないし、ニューヨークでも世界中のいろんな国でもポルトガル映画を見たい人はいるんだ。

 

ジョアン・ルイ:ロカルノ映画祭の監修を務める方のブログで、ポルトガル映画について語っていたんだ。ポルトガル映画がいかに重要で、ヨーロッパの中でも際立って面白い映像を見せているかってね。

 

text by  岡本太陽

photo by ディエゴ・サンチェス

ジョアン・ペドロ・ロドリゲス レトロスペクティヴ 2013年3月23日(土)スタート!

日本ではほとんど上映されることのなかったジョアン・ペドロ・ロドリゲスの作品。今回のレトロスペクティヴでは彼の作品を一挙に上映。代表作である『ファンタズマ』や『男として死ぬ』、新作の『追憶のマカオ』、更には短編映画集までもがラインナップに。この機会をお見逃しなく。

アテネ・フランセ文化センターほかで上映。

来日予定のジョアン・ペドロ・ロドリゲスとジョアン・ルイ・ゲーラ・ダ・マタは以下の上映後に登場。

・『ファンタズマ』/アテネ・フランセ文化センター/3月23日(土)5時30分

・『オデット』/川崎市市民ミュージアム/3月24日(日)12時30分

より詳しい情報はDotDashでご確認下さい。