Interview

 
 
Place: New York

フィルムメーカーズ・ポートレイト:入江悠

Yu Irie
アートカテゴリ:  Film

次世代の日本映画界を担うであろう映画監督・入江悠。学校を卒業したらすぐに社会に出て何らかの仕事に就くという”当たり前”が変わり始めたのが彼の世代で、それまでの常識から一歩外へ踏み出し、違う可能性を模索し始めたフリーターやニートと呼ばれる若者が日本に増え始めた。『SR サイタマノラッパー』シリーズや『劇場版 神聖かまってちゃん ロックンロールは鳴り止まないっ』に代表されるように、入江悠の映画には、はみ出し者や違う生き方を探す者たちが登場する。入江は彼らを物語の主人公として描くことで、世の中のはみ出し者たちへ強いシンパシーを注ぐ。だからこそ彼の作品は迷える今の若い世代にリアルに響き、圧倒的な支持を受けているのではないだろうか。

 

”でも僕はそれよりもルーザータイプの方が共感出来るんだと思います。だらしない人間の方が好きなんですよね”

 

入江さんは埼玉県の深谷出身ですが、育った環境は?本当に何も無いようなところでしたよ。子供の頃はそれこそ走り回ったり、あと丁度流行っていたファミコンなんかで遊んでいました。深谷は東京から2時間くらい掛かるんですが、映画館もライブハウスも無いような小さな町です。

一番始めに観た映画の記憶は?どの映画を一番始めに観たかは覚えてませんね。町に映画館はなかったのですが、小学校に映写機を持って来て映画を上映してくれる人はいました。『夢のチョコレート工場』とかやってくれてましたよ。子供心に凄く怖かったです。

映画への興味はいつ頃から?中学生時代から映画をよく観るようになって、高校生のときに映画を作る世界に興味を持ちました。

高校卒業後は大学で映画制作を学ばれますが、大学に入られた時点で監督志望だったんでしょうか?そうですね。高校3年生のときに、当時はまだインターネットが今のようには普及していなかったので、図書館とかで調べて映画監督というものがいるらしいということを知って、映画監督になろうと決心しました。

大学卒業後はどんな活動を?サラリーマンになるのは自分に合わないと思ったので、就職活動はせずに卒業しました。1年半くらい映像制作会社にいたりしたことがありましたが、その後はフリーの映像監督として活動していて、コマーシャル的な映像なんかも撮りつつ、それと平行して自主映画を作っていました。

その後インディ映画界で旋風を巻き起こした『SR サイタマノラッパー』を作られますが、あの異色ヒップホップ映画はどういう思いから作られたのでしょう?もともとヒップホップが好きで、エミネムの『8マイル』を観たときに、日本でヒップホップの映画を作ったらどういうものになるんだろうと思ったのがきっかけです。エミネムが演じたラビットのように、貧困や家庭環境が厳しい中で生きるキャラクターは日本ではちょっとリアリティに欠けると思ったので、のんびりした田舎に、ヒップホップにはまってラッパーを目指す人がいたらどういうものになるんだろう、という好奇心から物語を書きました。

ヒップホップの映画に出て来るキャラクターたちはセクシーで危険なキャラが多かったりしますが、『SR サイタマノラッパー』のキャラクターたちはどちらかと言うとルーザータイプですよね。東京や横浜のラッパーにはちょっと危険な香りがする人もいるですよ、アメリカのヒップホップのイメージに近いというか。でも僕はそれよりもルーザータイプの方が共感出来るんだと思います。だらしない人間の方が好きなんですよね。

映画の中のSHO-GUNは音楽が好きでヒップホップを好きになったというよりは、いわゆる日本のオタクがヒップホップを好きになった感じに近いですよね。そうですね、撮影前にキャストのみんなと『バス男』を観た記憶があります。アメリカにこんな冴えない奴がいるんだって思いましたね。

 

『サイタマノラッパー』がたくさんの人に受け入れられ、いろんな映画祭でも上映され、お仕事の環境はどのように変わりましたか?それまでは自主映画だけでしたが、テレビのお仕事や映画の企画も頂けるようになりましたね。『サイタマノラッパー』を3作目まで作っている間に少しずつそういうお話は増えていきました。

 

”『サイタマノラッパー』でいうと、2作目まではコメディ調なんですが、3作目で一気にダークになってるんです。時間の流れや社会の変化に伴い、自分の中にも変化があったからだと思います”

 

群馬に住む女性ラッパーを描いた2作目の後は、3作目にすぐに行かずに『劇場版 神聖かまってちゃん ロックンロールは鳴り止まないっ』を作られますが、その理由は?やっぱり脚本をすぐに書けなかったことがあり、今までの作品は自費で作ってる部分もあるので、お金が貯まらないと次が作れないんですよ。それから『かまってちゃん』の企画にとても興味があってそれをやりたいと思いました。『かまってちゃん』は脚本から通して1年くらい関わっていましたが、あの映画は携わっていてとても楽しかったです。

連続して3部作作る方もいますが、例えばクリストファー・ノーランのように『インセプション』で一息ついて3作目を作る人もいます。そういった一息は入江さんにはどういう影響を与えましたか?やっぱり連続して作ると、どこか物語が飛躍しない気がします。ノーランの場合、『インセプション』という別の切り口を作ることによってさらに彼の世界感が広がったと思いますし、そういった気持ちは自分の中にもありました。『サイタマノラッパー』でいうと、2作目まではコメディ調なんですが、3作目で一気にダークになってるんです。時間の流れや社会の変化に伴い、自分の中にも変化があったからだと思います。

その3作目『ロードサイドの逃亡者』はキャラクターは前2作同様コミカルですが、映画の中で起こっていることはシリアスですよね。そのトーンに辿り着いた理由は?今回の主人公マイティは東京のヒップホップシーンのど真ん中に行って勝負しようとしているんですが、それが自分の置かれている状況に非常に近いんです。最初は気軽に映画を作ったんですけど、だんだんいろんな人からの意見も入るようになり、貯金も無くなるし、作品を重ねる毎に自主映画を作り続けることが難しい状況になったんです。また、社会的には小泉元首相の後くらいから社会的格差も広がり、リーマンショックの後から景気も悪くなり、意外と日本にも貧困というものが見え出してきたんです。そして極めつけは2011年3月11日の大震災です。それまでなかなか見えなかったことがあれをきっかけに吹き出して来ました。

 

”彼らとは密接に繋がっているというか、同じ血が流れている気がするんですよね”


『SR』シリーズ3作目を終えて、どう感じられました?シリーズの中のSHO-GUNというグループは自分の分身だと思っていて、彼らの人生は僕の人生と一緒にこれからもずっと続いて行く気がします。新しい問題が起こったり、社会や自分の心境が変われば、また彼らにカメラを向ける機会が来るかもしれません。彼らはヒップホップを追い求めていて、僕の場合は映画で、どちらにもゴールはないですよね。だから僕の中では彼らの物語はまだ終わっていないんです。

客観的にご自身の映画を分析されたときの、ご自身の監督作品の強みは?それはやっぱりキャラクターかもしれませんね。彼らは自分と切り離せない人たちなので、愛情もあります。彼らとは密接に繋がっているというか、同じ血が流れている気がするんですよね。

映画館で観るのと、家で観るのでは、入江さんの映画はかなり印象が違うと思うんですが、その辺りのこだわりは?基本的に『サイタマノラッパー』は長回しを多用していて、映画館と家ではやっぱり違うと思いますね。映画館で観るという、ある程度縛られた状況で、1つのカットがいつまで続くのかというのを体験するのとしないのでは映画自体の印象も相当違うと思います。それに僕の映画でなくとも、泣いたり笑ったり、もしくは飽きちゃったりとかも、みんなでそういった感情を他の観客と共有すると映画の印象も家で観るときとはやっぱり違うものがありますよね。

入江さんのブログの中に「東京を去る理由」というのがありますけれど、いくら映画が当たっても自主映画を作り続けるのは、今の日本の現状では難しいのかな、と残念な気持ちになったんですけど、今も埼玉のご実家にいらっしゃいますか?今はまた東京に住んでいます。テレビの仕事があったりして、埼玉から通えなかったので、東京に戻りました。自主映画だけを作っていれば、きっと東京で暮らすのは無理でしょうね。『サイタマノラッパー』の前は映画館で自主映画が上映される機会はほとんどなかったんですが、今はそういう機会も増えてきているので、映画館や配給の仕組みを知ってもらいたいなと思って、そのことをブログに書いたんですよ。やっぱり今の日本の現状では制作する側よりも運営する側が儲かるようになています。制作者としては自主で作った映画を映画館で上映されると嬉しいから、そこで足下を見られるというか。

 

 

 

”依頼された仕事もやって自分のやりたいこととのバランスを保つのが大事だと思いました。僕にとっては商業的なものと自主映画的なものを行き来出来るのが理想的です”

 

東京から1度離れたときに、それまであったしがらみみたいなものから解放されて、ホッとされたとか?ホっとはしたわけではないですね。埼玉って東京から遠くはないですし、たまたま朝5時に撮影のために出発しないといけなかったりするので、物理的に通えないですけど。でも本当だったら東京の狭い家に住むよりは、もっと田舎の方に住んでゆとりのある生活がしたいですね。最近は大容量の映像のファイルもデータとして送れるようになっているので、そういったインフラが整えば可能になるかもしれないですが。

一度実家に戻られて気付いたことは?依頼された仕事もやって自分のやりたいこととのバランスを保つのが大事だと思いました。僕にとっては商業的なものと自主映画的なものを行き来出来るのが理想的です。特に日本の商業的な映画で面白いものって本当に少ないので、それは仕事としてやり、ストレスが溜ったら自分の作りたいものを作るというスタンスです。ハリウッドくらい規模も予算も大きな映画だったら話は別ですけど、日本の商業的な映画は特に大きな予算があったりするわけではないので、絶対妥協したくないものがあれば自主映画で作りたいと思ってます。

影響を受けた映画は?やっぱり『ターミネーター』みたいなハリウッド映画は未だに引きずってますね。もちろん日本映画やヨーロッパの作品もたくさん見ましたが、やっぱりアメリカ映画は自分の中でとても大きな存在です。

印象に残っている映画監督の作品は?高校のときに観た岡本喜八監督の『独立愚連隊』ですかね。戦争中で苦しい状況にも関わらずそれを笑い飛ばす作風に、あれは映画の力だなと思いました。笑いがあるから良いとは思いませんが、構造的な笑いって強いと思いますね。

一緒にお仕事してみたい役者は?まだ若い俳優さんは自分が映画を作り続けていたら将来一緒に仕事をする機会はあると思いますが、仲代達也さんとか山崎努さんとかはなるべく早めに一緒に仕事をしてみたいですね。

映画以外で入江さんに強く影響を与えている芸術ってありますか?
本ですかね。小説もノンフィクションも評論も、面白そうなものなら何でも。

これから改善していきたいことや挑戦したいことは?とりあえず食生活を改善したいですね。健康にもっと気を配らないとそろそろやばいんじゃないかって思います。仕事面では、是非規模の大きな作品を作りたいです。自分のやりたい企画で、スタッフが多くて予算がもっと大きな作品を自分でコントロールすることに挑戦したいです。

 

 

text by 岡本太陽

『SRサイタマノラッパー ロードサイドの逃亡者』

監督:入江悠

キャスト:奥野瑛太、駒木根隆介、水澤紳吾、美保純

 

SR サイタマノラッパー ロードサイドの逃亡者© 2012「SR3」製作委員会